At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

完成!

 また矢島美容室見てもうた・・・。

メガミノチカラ。
この国はジャンヌダルクを必要としてる、やって。
稲田朋美氏???
中納良恵!
さておき、メニューが一体どこへ転がるのか読めぬままいたところ、昨日ようやくしっくりきました。
チーズは前出の共働学舎さんのものと並行して、南禅寺脇にある、『アルモニー』さんでお取り扱いの中から、主にフランス産の牛のものを中心に分けて頂けることになりました。
以下終日変わらず、
・パン4種とサラダとスープのセット 1,200yen(*お茶は付きません)
・その日の野菜料理 800yen-(山芋とローズマリーのグリル、アスパラの煮浸し等)
・スープ 400yen
・ドライフルーツ 800yen
・チーズ 1,500yen-
・パン4種 400yen
・スコーン 500yen
・黒七味のラスクと黒七味の蕎麦板 500yen
・生麩饅頭 500yen
・粟羊羹とときわ木 500yen
・和三盆と干菓子と州浜 500yen
・杏仁豆腐 500yen
・蜂蜜と生姜のラスクと黒糖ラスク 500yen
美味しいサラミとベーグルとかあってもいいかも。オイルサーディン!
ご近所の、『バルミオ』さんってスペインバルみたいなお店で出されてた、白カビのサラミ、美味しかったな。カマンベールとかの周りの白カビをチーズの癖と思い続けてきたけど、白カビ特有の香りがそのサラミにもあって、新たな発見やったのです。
新門前やったか古門前やったかの、『西洋厨房いとう』さんの前菜の野菜のプレートは是非。20種の野菜がそれぞれ下処理されて1皿に。大根だけで4種類とか。
千本中立売の『神馬』さん。ホンマになに食べても美味しい。あんなクオリティのものをあんな寛いで頂けるのはありがたい。
四条河原町『志る幸』さんの白味噌のお味噌汁は・・・溜息。
行ってみたいお店が何軒か、いやいっぱい。
味わいを深めて、また味にする、味を引き出す。
夕方、しみじみ、カンパーニュって美味しいなーと思いつつ、頂きました。
カリッとしてて、モチっとしてて。
甘いものと塩っぱいもの。
硬いものと柔らかいもの。
乾いたものと湿ったもの。
今、いいおしぼり屋さんを探している最中です。
今しばらくご不便をお掛けしますが、ご理解ご協力願います。
Sol

2011/05/01

最近の遊び

 人生、楽しんでらっしゃいますか?

自粛ムードの中、不謹慎かな。
北海道に『共働学舎』さんという酪農とチーズなのかな、まだ詳しくは理解してないのやけど、瑞穂(東京福生の隣)のジョイフル本田併設の食材屋で前出のチーズが売ってて、パッケージかわいいし、食べたら美味しいし、京都で使いたいかもと思いつつ、京都と北海道の共通項もイマイチピンとこず、としてたら、とあるご婦人Aさんのご主人が現代表と同級生、とあるご婦人B氏が創始者と同級生、2Fの織りをやってくれた杏子ちゃんが息子さんと同級生。それってどうよ?
そんなこともあって、5/5から、メニューに加わります。
今年中には北海道に行きたい。
一昨日、黒崎氏、イデー元代表から入電。明日京都にお越しらしく、立ち寄って頂けるとのこと。今日、古い女子の友人から入電。24,5歳の時よく遊んだ中。ケンカしたワケでもなく、なんとなく疎遠になってたのやけど、神戸で用があって行く前に寄ると。
その古い女子、古い仲の女子、ね、イデーの時に料理対決して、その時に審査員で岡田美里さんに参加頂いて、「☆3つです~」とやって頂いた。もちろん黒崎氏も同席。
更にいえば、古い女子とワシが夏休みにタイに旅行に行こうとしたら、黒崎氏、プーケットでマーク・ニューソンの結婚式があって、その帰りにバンコクで落ち合おう!みたいな強引な話で、挙げ句、シンガポールにまで連れ去られ。
そんな2人が明日、お互いなにも知らず、バンコクの後、時空を超えて京都で乾杯。
そして、岡田美里さんが今、日本の代理店をされてる、『A.C.PERCH'S』のお茶も扱わせて頂けることになりました。
もう香りが鮮烈で、そんな合わせありなの?というセンス。是非味わって頂きたい5種類、選びました。
賑やかになりそうな明日を控えてか、今夜は本を貪るように読み耽るお客様達。
そういう日なのか?と思ったら明日は新月?
最近、TumblrとInstagram組み合わせて遊んでます。
http://push-oil.tumblr.com/
facebook復活しました。
Twitterも復活してますが、情報収集用なので、見るのみです。
さっきふと思ったけど、文化の対義語は、理化かもね。
文科と理科。科学と化学。
今世の中は文化してて、だから理化すればいいってことなんじゃ?
最近みんなに数学とか物理学の本薦めてる。
小室直樹氏『数学を使わない数学の講義』、今良恵が読んでます。戻ってきたら誰か読みません?貸し出します。
あと、A.スマナサーラ氏『突然頭が鋭くなる瞑想法』、タイトル怪しいですけど、別にそう思うならそれで。こないだ臨済宗の和尚に、テーラワーダ仏教については結構学んだ、だから新婚旅行はスリランカにし、式は永観堂にしたわけで、ヴィパッサナーもよくやったと言ったところ、禅も目指す所は同じと。この本、かなり論理的というか、数学的やと思うので、一読を。
佐治晴夫先生と養老孟司氏『わかることはかわること』、必読です。
Sol

2011/04/30

さくら

 何回も見入ってもうた。

森山直太朗『さくら』。
http://www.youtube.com/watch?v=JHupI_7ZFOU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=gD5HER0xRlg
不覚にも泣いた。
Solの施工をしてくれた堀川クン28歳、超~爽やかクンが、森山直太朗と同じ周波数帯な感じの、共通する透明感の人。
全身で歌ってるもんな、この人。堀川クンも全身で働いてくれた。
無茶な相談にも嫌な顔せずにとことん付き合ってくれた。
最近ようやく泣けるようになった。
今となればなぜあんなに泣くことが恥ずかしいことだと信じ続けてきたのか、サッパリわからん、けど、思い続けてきた。
泣くって気持ちいいね。
本田美奈子『Amazing Grace』も大概ヤバい。
http://www.youtube.com/watch?v=cRbP2sPKUL4
見てるたけしの顔がまたいい。たけし、ここへきて増々頼りがいを感じさせてくれる。格好いい大人。首相やって欲しい。
人のために涙流せる人に、人の上に立って欲しい。
文科大臣・佐治晴夫先生とか。
難しいことをいとも簡単なことのように教えて下さる。
あとこれ。
矢島美容室。
『ニホンノミカタ』
http://www.youtube.com/watch?v=-tYi4cNhQZw
いい歌詞やと思うけどな。
龍馬は泣いてやしませんかってさ。
『SAKURA』
http://www.youtube.com/watch?v=Bq4wIVAYwoA
『アイドルみたいに歌わせて』
http://www.youtube.com/watch?v=rkl00XXWl0E&feature=related
結構この感じ、TOKYOって感じ。
別にドラァグクイーンをバカにしてないし、同性愛の促進なわけでもない、と思う。
つーか聖子、すごいわ。
この人格好いい。
40-50代、頑張ってはるわ。
ワシらもボケボケしてる場合じゃない。
なんやろ、いい具合にいろんなものが混じり合っていく感じ。ROJAK。
クリスタル・ケイとかAIとか、単にハーフとかって意味じゃなくって、演歌の黒人の男の子とか、すごい面白いと思う。こっちが苦労して乗り越えた壁をいとも簡単に飛び越えるというか、初めから壁なんか存在してなかった、みたいな。でもそこにはもう少し上の世代の陰での努力があったと思う。感謝。
最近同い年が集まると、しみじみ、美空ひばり聞いたりしてる。ようやく良さが理解できるようになったってことやとうれしい。
極めつけ。
美空ひばり『唄入り観音経』
http://www.youtube.com/watch?v=-YUS6PAGsPA
そしてうちの親父の十八番。ワシも練習中。
『無法松の一生』
http://www.youtube.com/watch?v=uiQFY883Bb4&feature=related
ちなみに石川さゆり、島倉千代子の同曲の聞き比べをおススメします。
ビリーに対して、エラ、カーメン・マクレエみたいな。
坂本冬美、八代亜紀、ちあきなおみのビブラートの美しいこと。
日本人も捨てがたい。
あ、二葉百合子。
http://blog.pushalley-oilalley.com/manage/?mode=write&eid=557
なんだか最近寝不足。
でもエネルギーが湧いてくる感じ。
お野菜のせいなのか。
バター、作ることにしました。
もうすぐ北海道から、さくらのチーズが届きます。
Sol

2011/04/30

無駄と悟

 ブッダは修行苦行をし尽くし、断食後、菩提樹の下で息も絶え絶え、スジャータが持ってきた羊乳粥かなんかを口にし、悟ったとか。

その時発した言葉が、「無駄である」。
悟りって吾の心、やもんね。
ちゃんと覚めていること。
吾の心に覚める。
覚悟。
日本語って、仏教由来の、かな、すごく数学的で面白い。
さっき、いつもお願いしてる美容師さんのところへショップカードを持って行ったついでに置いてあったガウディの写真集をふと手に取ってみた。
螺旋階段を俯瞰で。
まるで巻貝で花弁で。
フィボナッチ。
意図か偶然か。
J.S.バッハもダ・ヴィンチも数字やらなんやか隠れてるっていうしね。
ちなみにSolの1Fペイントの空間は0が、2Fにはそれぞれ別の数字が散りばめてあります、とかいうてみたりして。
痛みを嫌がっても、生きてれば痛みにも出会う。
不安を嫌がっても、生きてれば不安に出会う。
面倒臭いことを嫌がっても、面倒臭いことをしなければならない場面もある。
ごくごく当たり前のこと。
何が問題か。
痛みがなくなれば、不安がなくなれば、面倒臭いことがなくなれば、いい、そう思ってやってきた戦後、ではなかったのか。
人類の文化、文明化というものがそういうものかもしれないけど。
なくならない。
痛みを感じていることをただ感じることしかできない。
痛みをなくそうとするのではなく、その痛みがどのような痛みなのか、味わい尽くせばいいということに気付くこと。
どこまでいっても無理なものは無理。
「無駄である」である。
痛みに動じず、不安に動じず、どう痛いのか、なにが不安なのか、感覚ではなく、感情に焦点をあてること。
感情って気分やもん。
ここでもまた気。
自分を客観視して、更にそれを俯瞰して、尚飛翔する。
そこが拡大する分には地球にはなんの負担も生じないのに、限界のある地球で年3%の経済成長って、地球は毎年3%ずつ大きくなったりしないからねぇ。
無駄を省いて、とかってちょっとおかしいと思う。
そもそもやっても意味がない、努力ではどうにもならん、ということが無駄なんであって、省くとかどうとか以前に、やめておけばいい、やらなければいい、という話でしかない。
無駄な努力、なんではなく、無駄に努力、が正しいと思う。
考えてみれば、無駄なこといっぱいしてる。
衰えるって、嫌でも。
いずれ死ぬって、あがいても。
不安をなくそうとすることは、快楽だけを求めているということにイコール。
昼もあれば夜もあり、夏もあれば冬もある。どっちも必要だからこそ存在してるのであって、都合のいい方だけを欲する心をエゴと呼ぶんだろう。
EGO-WRAPPIN'。
エゴを包むというより、エゴを見下ろす、決して見下すのではなく、そんなニュアンス。
なんだか今日は筆が走ります。
口が滑ってなきゃいいけど。
Sol

2011/04/29

まさに今の今

 読んで頂きたい本。

Solの2Fに並べてる本の1冊に『モモ』(ミヒャエル・エンデ)があります。
よく反応されます。
その横に並んでる『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)と共に。
最近改めて『モモ』って読まれました?
未読、内容忘れたって方、今一度読んでみて下さい。
時間とお金の変な関係性についての言及。
その後エンデは、『エンデの遺言』という本の中で、『モモ』について解説をしています。同時に、利子と減価について、また政府紙幣、地域通貨について、持論を展開していきます。
今まさに目の前で起こってる世界がエンデには見えていて、それがまさに『モモ』の中に描かれています。
TVが嘘とは言わないけど、実際役に立ったこともいっぱいあったし、不快な思いをしてしまうこともあるし、でもその時間、本を読むこともできるし、散歩もできるし、空を見上げたり、川面を眺めてみたり、深夜の木立に畏怖したり、古典映画を観たり、歴史を学び直したり、もできる。
同じ動画でもYouTubeとかって、TVと全然違う情報に触れれたりもするわけで、TVチャンネルだけではなくって、宇宙には限りなくチャンネルがあって、自分でどれでも選べるはずなのに、なんだか民放ばっかに焦点合わせてアホになる。
TV以外のチャンネルの存在に気付いてないのか、はたまたTVの発する、焚火の炎や洗濯機の回転やパチンコの高揚とかと同じ周波数、怠惰やルーズやぬるま湯感に毒されて気付いてても夢見心地で生きていたいだけなのか。
石原慎太郎のことは決して好きではないし、彼の同性愛者に対する勘違いはよく理解できないが、うちの親父も似たようなもんなので、それは世代の問題だと片付けることにして、別に彼に伺いたい。
あなたは意識して女性を好きになりましたか?
男性を好きになろうとしてなれるのですか?
逆も然りとは思えないのでしょうか?
きっと同性愛者だって、全てとはいえないまでも、大半の人は、気付けば男が好きだった、ってことじゃないんでしょうか。
肌が黒いも白いも、本人の意思とは関係がないところになるのに、それによっていいや悪いやってなんの話かと思う。
そんなことより、男なのに男が好きでも禿げてても足が臭くても格好いい人はいいし、どんなに見てくれがよかろうがムカつくヤツにはムカつくってのが本当のところなんじゃないんでしょうか。
じゃあその差がなんなのか、が問題。
でも今回友人から回ってきた、『4期目を迎えて』(http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/tomin.htm)、仰る通りやと思いました。
人はもっと多面的。しかも反省もし、成長もする。あらゆるものは変化する。
余談ながら、彼と三島由紀夫氏が、男らしさとはなにかという問いに対して出した答えは同じだったらしい。自己犠牲。もし仮に自己犠牲の精神を持った同性愛者がいた場合、男らしいという定義と、性欲の方向性との整合性はどうとれるのか、そのへんどうなんでしょう?
以前、社会科の先生をなさってるお客さんから伺った。日本は鎖国してた時に文化が花開いたと。平安の幽玄、江戸の拉鬼。秘すこととデフォルメ。今、望まずして鎖国みたいなことになりつつあるようなのは気のせいでもないと思う。
今一度、なにがおかしくさせたのか、おかしくさせているのか、各人がぬるま湯から脱して、その頭で、その目で、その耳で、世界を眺めて欲しいなと思います。
絶対におかしいもん。
みんなストレス抱えて、病気が蔓延してて、余裕失ってて、イライラしてて、その上土壌は汚染して、なにやってんのよ?って自分で思う。
みんなで意識して生活変えていくしかない。
それはきっとしんどいと思う。
面倒臭いことをやらないと成り立たない。
でもそれが世間ってヤツでしょ。
みんなでちょっとずつ面倒臭いこと負担しあいましょーよってことなんじゃないの?
それを東京も、もはや地方も失いつつあるからおかしいんじゃないの?
自分のことは自分のこと、他人は他人、でも他人がやってるとうらやましい。
ねじれてる分、ジャイアンより潔悪いよ。
なんだか熱く、偉そうなこと、書き連ねてしまいました。
でも良恵と、最近縁あった方々と、そんな話ばっかりしています。
今年で38歳やしね。
アラフォーとか言うてる場合でもない。
言うてやっていかないと、しゃーない。
有言実行って言うてからやるってことではなくて、言うことによって実現する、言霊的なことらしい。
江戸時代に電気なかったって。
別にちょんまげ結うてお歯黒する必要はないわけで、それはそれでオモロいけど、日本の土壌、気候風土と同じ位置関係はこの地球上にないわけで、じゃあ長らく過ごしてきた建築様式の方が、戦後の建築基準法の方より現実に即してるんではないの?そこに既に無理があるんじゃないの?ってあたりからちょっとずつ考え直してみたらいいのかもしれんと思ったりするのです。
そもそもこの日本において、立候補ってシステムはどうなんでしょう?
養老孟司とか宮崎駿とか安藤忠雄とかその辺が環境大臣とかやって欲しい。
気仙沼辺りの都市計画を彼らが、自然エネルギーだけで賄えるとした上で、自然と融合した、『虫眼とアニ眼』の冒頭のイラストのような街を実現してくれると信じたい。
とにかくそれぞれが自分の特異性やプロフェッションを発揮して、この世界をよりよくしていくことに努めることしかできないのであるなら、それをやりましょうよ。
こちらはこちらでいろいろとできること、水面下で準備中です。
まもなくまとまると思いますので、またご報告致します。
Sol

2011/04/29

気の正体

散歩してたら目に入った整体院。後日嫁もそこの案内持って帰って来、気になったと。そんなことが重なった時は行ってみるに限る。案の定、面白かった。なので一昨日良恵にも薦めて、気に入ってたので、気になる方はご紹介しますのでお気軽に。気が多い。

詳しくは梅雨時期辺りに一度、先生にSolで『なぜ身体は歪むのか?』的なお話しを、砂糖とカフェイン、なんならニコチンも摂取し乍ら聞き耳を立てる会、とか催してみようかなと思うので、その際に、と思います、が、簡単に言えば、感覚と感情を分けること、に気付くことを促すという感じ。
実際嫌いなんではなく、嫌いだと思い込む、もしくは、嫌いだと決めつけてる、ことでしかなかったりするということ。
不安も然り。
前回少し触れたけど、臨済宗の和尚と同席させて頂いた際に、仏教と神道はなぜ融合できたのかをお伺いしたのやけど、ご神体を拝むのではなく、行き着く先は宇宙論というか、自然の摂理に然うというか、物事のあるべき順序に従うというか、それを守り、常識や観念を破り、自分から離れること、それはお能でもあり、禅でもあり、道教でもあり、祈りの波動は同じだからと。
神道の鏡は、自らを写すものらしい。そこへ持っていって幸せにして下さいと拝んでみた処で、幸せになれないのであるなら、自らの努力不足の露呈でしかない、とも聞いた。
ではなにを拝むのか。
生きて五感を通じてこの世界を味わえるという経験ができていることへの感謝。
祈り。
お寺や神社は祈りの中で建てられたのではないのかなと最近思う。
優れた宿は、そこで過ごす人達を解すことだけに専心して空間を設え、庭師は石の持つ時間と木の持つ時間とその土地の持つ時間の同調点を見つけ出す。
集中ってそういうことをいい、そこにその人の気が漲り、気持ちがいい空間が生まれると思いたい。
そういう意味でいえば、今の街、地方は更に厳しい感があるけど、お金儲けに集中して造られた施設が多くなってしまったと思う。だからなんだかノイジー。
だからそこに売られてる物達の多くも、優越感を煽るものだったり、希少性を持たされたものだったりしてる。
どこそこのブランドの世界限定300個モデル!ってそれ、300個しか作らなかっただけではないの???
骨董の世界って江戸中の蕎麦猪口と一括りにしたところで、同じものなんて当たり前のように存在しないと気付けるからか、やってる人は面白い人が多い。
和尚が言っていた。
毎日同じものを食べる中に、違いを見つけることだと。
行く川の流れは絶えずしてしかも元の水に非ず。
諸行無常。
利権や思惑や策略や陰謀や。
そんな世界があるならあったでいい。
でもそうだからどうせ無理、なんじゃなくって、もうちょっとシンプルでいいんじゃない?と思ってるだけ。
お金や宝石やブランドものなんかが大事やとずっと思ってきた。
今でも手放すことに不安はある。
だって手放したことがないから、手放した先、どう感じるかは未知やから。
人間って誰しも未知への不安は起こるものらしい。
不安は感覚。
その不安と同調せず、今不安を感じてると俯瞰して味わうこと。
本当の財産って、人とのご縁と、人との繋がりと、そのことに感謝し合える気持ち、だと最近強く思う。
希少性とは物理世界では希少どころか違いしか発見できない以上、感謝や祈りの波動というか、その時間を持った時間の長さというか、そういう人や空間が、ではないのかと思う、特に現代においては。
もっと穏やかに、静かに、見えないものを観、聞こえないものを聴く意識をそれぞれが持てれば、そこに余裕が生まれてくるんじゃないかと、それこそが気を遣うということではないのかと、思ったここ数日です。
Sol

2011/04/29