At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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10月

割れないガラス

こないだ、友人のガラス作家と展示会の打ち合わせと称して、久々に長話。20代前半に知り合って、一時期一緒に住んだこともあった、のに、長らくの音信不通の時期があり、最近また距離が近くなった。それは物理的距離でもあり、心的な距離でもあり。

転職とか、引越とか、結婚とか、環境の変化で、え?って変化を人はみせるもの。あんだけ文化系やったのに、結婚後いきなりアウトドアに変更してた友人とか、だからどうってわけではないけど、遊び方が違ってしまって接点が見つけにくくなったりしたり。別に嫌いになるわけではないのやけど。

まぁ彼女とは紆余曲折があったものの、形的には元の鞘に収まった、けど、刀も鞘も元あったものとはすっかり違うものに変わってたという感じ。いずれかだけの変形では収めようがないのは当たり前の話。

さて、その話の中で出た、お客さんからの購入に際してのよくある質問。

「割れますか?」

爆笑。

つーか笑うしかないわな。

その話をすると友人たちは皆笑うと共に呆れるのやけど、だったら誰がその質問をしてるのよ???少なからずワシの周りにはそれに違和感あるようで、安心したけど。

ホンマにそんな質問あるの?と思ったので、Tweetしてみたら、別のガラスを使ったアクセサリー作家の友人が、やっぱり普通に、当たり前のように聞かれる、とのこと。

大丈夫か???

もうしつこ過ぎるけど、

「カレーって辛いですか?」

と、無意識で言葉を発するという点において同じよね。考えた上での発言だったら尚のこと怖いし。

あんまり意識せずに言葉を発することができるからこそ、物の扱いにも意識が薄くて壊しやすいんじゃないかと。

更に真意を読んでみる。

「割れますか?」

さすがに割れないガラスなんてものが存在してると思ってる人はいないと思うので、この場合、

「割れにくいですか?」

があるべき質問なはずで。

ちょっとスッキリ?

イヤ、待てよ。

割れやすいと割れにくい、その線引きはどこにあるよ?

それって、オシャレとダサい、金持ちと貧乏、幸せと不幸、勝ち組と負け組等に同じ。なにをもって誰が決めるというのか。

ガラスのことはわからんが、経験則では基本、強度は厚さに比例すると思う。

更に経験則で、どのくらいの力が加われば割れるのかも「自分の」感覚で掴むもんのはずで。にもかかわらず、

「こちらの商品は、Aの商品が加圧5で割れるのに対し、12までの強度があります。(当社比)」

というようなご親切ご丁寧な説明を欲してる、ということ?

でもこれって親切か?

ワシにはなんのこっちゃサッパリわからんけど。

その5やの12やのて、なんなのよ?そもそも1の加圧って基準値はどこに存在してるのよ?

はい結論です。(佐治先生風に)

割れる割れない、その基準を相手に求めることがそもそもおかしい、ということ。

割れることは前提にあり、だからこそ、丁寧に扱えばいいではないですか、ということでしかない。

それは作り手の問題ではなく、使い手の問題。

取り扱う時に、自分の体の動かし方に対して意識することが必要ということ。

ガラスが割れるのは、ガラスの持つ特性、個性。割れないガラスを求める行為は、ガラスの個性の否定ということになる。ガラスがガラスである以上、如何に分厚くしようとも、割れる時は割れる。

こないだ佐治先生が、人間は人間の都合のいいように自然環境をコントロールしようとするのに対し、白熊は自然環境に自らを合わせていったと仰った。いずれが正しいという話ではなく、2通りの選択肢があります、とも仰ったけど、この場合も同じで、割れやすいグラスを割れにくくしようとするのか、割れやすいグラスに扱う側が合わせていくのか。

前者のリクエストに応え続けた結果、繊細なものが影を潜め、大雑把なものが幅を利かすという今を迎えてるのではないか、と思う。同じく地球も自然環境が大きく破壊されていっている現在。

更に言えば、使いたいか使いたくないか、ではなく、割れやすいか割れにくいか、で選ぶということは、したいかしたくないか、ではなく、知名度や規模や福利厚生やで仕事を選ぶということと同じなのかもしれない。河井寛次郎の「物買って来る 自分買って来る」という言葉は、そのことを如実に物語ってる気がする。

繊細な物を大事に丁寧に扱う、その所作も品を表すと思ってる。そう思えば、残念ながら今この国の品位は劣化してると言わざるを得ないってことか。

そうそう、映画『初恋のきた道』(チャン・イーモウ監督)の中で、主人公が思い入れのある器を割ってしまって、それをその母が中国の直しの技法、鎹(かすがい)継ぎで直しに出してそっと水屋箪笥に置いておくというシーンがある。その母の思いに涙するシーンのはずが、その時の会場は爆笑してたのを思い出した。そういうことなんやろう。

日本人にとっての「花」とは「桜」を指す。

咲き誇った途端、風に舞散る様に儚さを思い、そこに諸行無常を見出した心はどこへいったよ?

「もののあはれ」はどこに置き忘れたよ?

西洋と出会う以前に日本人が本来持っていた、つまり生活の芸術化、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って忘れずにいて欲しいものです。とはアインシュタインの言葉。

壊れやすく繊細で美しいと感じたものに囲まれた生活と、強固で大雑把で自分の気持ちよりも条件に重きを置いた生活。後者に置ける人生の主人公とは、一体誰なのか。

それも時代の流れかもしれないとしたら、仕方ないかもしれないけど、自身の感覚を置き忘れた世界はきっと、殺伐としたものになるんじゃないかと思う。残念ではあるけど。

2011/10/31

THE ZEN KAI Vol.2を終えて

6.11、昼はピースウォーク、夜は妙心寺・東林院においてのライブ。 

居ても立ってもおられずなにかしようと手探りでやらせてもらったわけですが、東林院さんも、印刷屋さんも、お願いするまでもなく協力しますとのお申し出を頂いて、出演者もスタッフも全部自腹で参加頂いて、世の中捨てたもんじゃないと思いました。

1回目を終えて、羽賀和尚はじめ、EGO-WRAPPIN'も大石くんも桂しん吉さんも皆またやろうと、そして続けていこうと言って頂いて、第2回目も企画させて頂きました。

1回目は入場料全て、妙心寺を通して被災地に届けて頂きましたが、長い目で見れば、全てそれぞれが自腹では続けていくのは困難であろうと、相談の上、入場料より掛かる経費を引いた利益を寄付させて頂こうとなりました。

現在、収支の計算中で、終わり次第こちらにて報告させて頂きますが、自分達の中ではそれもチャリティと捉えていました。でもそれはチャリティではない、チャリティの名を語ってプロモーションすべきでない、とのご批判やご指摘を頂きました。入場料全てが寄付に回るとの誤解を与えてしまった方もおられたようです。この場をお借りし、不快な思いや誤解を与えてしまった皆様に、謹んでお詫び申し上げます。

また同時に、演出上の問題や、告知の仕方についてのご批判も頂きました。

素人が思いつきでやるべきではなかったのかと、深く反省しています。

そういう意味で、自分自身にも学びの多い今回となりました。

さて、当日の様子は、MobileLABO.にてアーカイブされています。EGO-WRAPPIN'と佐治晴夫先生については、1週間限定となっています。

今回の感想を少し。

花園禅塾による読経。うちは浄土宗なので総本山の1つ永観堂で結婚式を挙げさせてもらったのですが、その際の僧侶20名程での読経、それまでの体験では、お葬式での5名程度の読経がMaxでしかなかったので、そうなればお経だとか宗教儀式だとかそんなことは吹っ飛んで、なんて格好いいんやろうと、いつかこの体験を共有したい、と思ってたのが、羽賀和尚とのご縁によって、6.11に実現、今回もまた再現となりました。今回は般若心経にプラスして、『薬師如来御和讃』という、薬師如来の御詠歌を唱えて頂きました。その意味は、「応病施薬」。その人その場に応じて薬を施すが如く、教えを説く。お腹が空いていれば食べ物を分かち、涙を流さずにはいられない方には共に涙を流す。自分自身が薬となって寄り添い、分かち合うこと。とはいっても聞いてる分には内容はちんぷんかんぷんなわけで、でも見てる分には禅塾のみなさんの一糸乱れぬ動きが圧巻で、リハーサルの段で既に鳥肌でした。いい経験をさせて頂きました。

また、前回に引き続きトリをお願いした、落語家・桂しん吉さんは、午前中に会場に入られ、始まってからはずっと会場の後ろで見てらっしゃいました。まぁヒマやわなぁと思ってたのですが、プログラム半ば過ぎに寄って来られて、「今日は枕なしで、いきなりネタから入ります」と仰るんです。なんでですか?と聞けば、今日の会場の空気は、みなさん真剣に聞くモードなので、下手な枕はなしでいこうと思ったと。みんなMCもなく、いきなり話し出し、いきなり歌い出すのであれば、いきなりネタに入りますと。上岡龍太郎氏が言ってましたが、本来話芸とは、会場のお客さんと演者が同じ空気を吸う中で、その空気を読むことができること、だったのが、TVの登場で、その空気が遮断され、そこから芸の形が変わったと。そんな中でも尚、しん吉さんは空気というものを大事にされてるんだと感じ入りました。そして締めの挨拶での、落語の中にある江戸時代の暮らしを思うと現代は贅沢し過ぎなのかもしれませんという言葉。今より寒く、暗く、静かだった、それだけでも今とは随分違うと。ヒントはそこかしこに潜んでて、落語を通しての温故知新、そんなアプローチもいいなと思いました。

感想はまだまだありますが、この辺りにしておきます。

至らぬ点は多々あったかもしれませんが、出演者スタッフ一同、心を1つにし、被災地へ思いを馳せ、これからのあるべき姿について希望を持ちながら少しずつ前進していくことを念頭にやらせて頂きました。2回目を終えて、出演者とスタッフにチーム感が出てきたことがなにより嬉しく思っています。

第3回、第4回との声も頂いていたりもしますが、次回以降、どのような形を取るのか、少し考える時間を持って、臨んでみたいと思っています。

最後に、ご参加下さった全ての皆様に、感謝とお礼をこの場を借りて申し上げたいと思います。

ありがとうございました。

THE ZEN KAI 主催 森田大剛

2011/10/27

11月のイベントのお知らせ

先ずは毎月恒例の講座から。

小島先生の『体と心の講座』

11/8(Tue) 立冬

10:30-12:00

体を冷やさない、体と心の使い方

冬の体の作り方

1,500yen(お茶+お菓子付き)

羽賀和尚の『THE ZEN KAI@Sol

11/26(Sat)

10:00-11:30

普段の生活の中、背中を丸め意識もしない浅い呼吸をして、なんだかスッキリしない毎日を送っていませんか?

慌ただしい生活の中で自分が押し流されているようで心が苦しくありませんか?

私たちの日常は、携帯電話・パソコン・テレビなど、いつもなにかの媒体に繋がって、常に心が揺れ動き頭を使っています。1人になれる場所を持ちながら1人になり切ることができません。

それらと離れて、背筋を伸ばし、ゆったりと呼吸をし、静かに坐る時間、心に気持ちの良い時間を多くの人に提供したいと考えています。

一度、和尚さんによる禅のお話とイスでできる坐禅をしてみませんか?

羽賀浩規(花園禅塾・塾頭 臨済宗妙心寺蓮華寺住職)

1,500yen(お茶+お菓子付き)


お申し込みはコチラ
reservation@pushalley-oilalley.com

075-708-8750

以下、展示会のお知らせです。

chloro』展 クロロ 2011秋冬展示会

11/4(Fri)-6(Sun)

*作家全日在廊 12:00-18:00

吉祥寺『お茶とお菓子 横尾』の横尾光子さんによる、洋服のブランドの展示会です。

クロロとは、私の着たい服。

着心地がよくて、体形を気にせず

いくつになっても個性を失わない

大人の服です。

クロロデザイナー・横尾光子

ご本人曰く、おばさん服なの~とのことですが、ご本人がお若いので年齢問わず、だと思うのですが、どうなんでしょう???

ちなみにご本人は、アメリのような、髪型がか?なキュートな方。

タミゼ吉田さんによる内装のカフェもいい感じです。

『上ル』石井啓一 陶展

11/23(Wed)-27(Sun)

*作家全日在廊 13:00-19:00

Floorスタッフ石井ちゃんこと『ceramic room teto』石井啓一クンの陶展です。

詳しくは後日upします。

Sol

2011/10/25

臨時休業のお知らせ

 10/22(Sat)は、大阪能楽会館での『THE ZEN KAI 2』のため、お休みとさせて頂きます。

よろしくお願いします。
Sol

2011/10/21

シュオを始めたきっかけ


はじめまして。シュオというアクセサリーブランドをやっている吉田直子といいます。今日から16日の日曜日まで、Solで展示販売会を行っています。

シュオは「冠婚葬祭」で使う小物やアクセサリーを作っています。パーティの時につけてもらえる大ぶりのパールネックレスから、喪服にもしっくり馴染むブラックオニキスのネックレスやクラッチバッグなどを作っています。袱紗や略式のお数珠もあります。
「パーティ用はともかく、なぜお葬式の小物を作りはじめたの?」と聞かれることがあります。いろんな理由が重なって、「自分にいま必要だ」と思ったことが一番大きいのですが、そう思うきっかけのひとつがSolの森田くんだったのです。私と森田くんは12年前からの仲で、彼が東京に住んでいた時はふたりでよく美味しいものを食べに街に繰り出していました。その中に、何度も通った新宿の焼き肉屋さんがありました。そのお店のご主人は出会った時から重病を抱えていて、亡くなるぎりぎりまでお店に立っていました。何かのご縁だし、皆で告別式にも行こうという話になり、私たちは出かけていきました。その時、森田くんはきちんと正装をしていて、その喪服はコムデギャルソンだったのかな? とても静かな装いをしていたのです。もちろん、お数珠の準備もありました。わたしはというと、大きな仕事のバッグを抱えて黒の普段着で駆け付けただけ。「おじさん、次回はもっとちゃんとしてくるからね」という言葉が頭に浮かびました。でも次回はないわけです。
あの頃は今よりずっと若かったし、「気持ちが一番」なんて思っていたけれど、その気持ちは服装や小物にも現れる。森田くんを見てそう感じたんです。
自分の母たちがちゃんとやってきたことを、私もやりたいとその時初めて思いました。わたしがシュオを始めたきっかけのひとつだった森田くんの店で、こうして展示会ができるのを嬉しく思っています。
ああ! なんて長く書いてしまったんだろう。
すみません。ここいらで終わりにします。

いまSolの窓から見る外はしとしと雨が降っております。とはいえ日曜日までおりますので、お時間のある方はぜひ一度遊びにいらしてください。

シュオ
吉田直子

2011/10/14

『rere to-te』のお知らせ

 



Tocoのブログにて紹介していたトートですが、ブログ終了のため取り急ぎこちらでご案内させて頂きます。

価格 8,800

サイズ 

本体 400×630mn

マチ 140mm

ショルダー 560mm

青、黄緑、茄子紺、赤、ベージュ、カーキ、黒 7色です。

在庫など詳しくはこちらまでお問い合わせ下さい。

reika@pushalley-oilalley.com

rere / 森田麗華

2011/10/06

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