At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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8月

新しいお仕事

とあるお鍋のプロモーションのお手伝いさせてもらうことになりました。
今日はその打ち合わせ。
こんな田舎までわざわざお越し頂くのに恐縮はしつつも、でも折角だからここの空気を味わってもらいたい、とも思います。
お昼頃の到着だったので、そのお鍋を使ってbaco先生のお料理でおもてなし。
その後、昨日浜松からのお土産で頂いたうなぎパイでお茶しながら、延々4時間。
そういや、ブランデーなうなぎパイってご存知でした?これ、美味しいの。うなぎパイは夜のお菓子、ブランデーなのは真夜中のお菓子。ヘベレケ。
で、長かったけど、意味のある時間になったと思ってます。
詳しくはまだ明かせないけど、露出される際にはまた追ってご連絡しますー。

あ、そうそう、10.1売りのブルータスで、サロン・ド☆ピンクが紹介してもらえることになりました。是非見て下さいねー。

2007/08/31

本日のオーダー

ラムとつるむらさきを使ってみたい!とのことだったので、ラムサラダとオクラとつるむらさきのバーニャカウダとトウモロコシとカボチャのポタージュの3品。
ラムは細かく刻んで、オリーブオイルでローズマリーと一緒に炒めて、塩、胡椒、クミン、白ワイン少々。サニーレタスとサラダ菜をちぎったものの上にラムをのせて、ミントとピンクペッパー。食べる時にレモン絞って。
ポタージュは、トウモロコシとカボチャを茹でて、柔らかくなったらお出汁(チキンブイヨンと昆布)と同量の牛乳と一緒にフードプロセッサー。冷やして、器に盛りつけてから生クリームとブラックペッパー。
オクラとつるむらさきをさっと茹でて、器に盛って、鰹節。バーニャカウダ(オリーブオイル、ニンニク、アンチョビ)のソースで。
パンは近所の『森の風°(もりのぷう)』ってとこのもの。ここの『ハイジの白パン』ってのが、すごく美味しいんです。

器は織部(オクラとつるむらさき)を使いたい!とのリクエストだったので、それに合わせて、土ものでコーディネイトです。

音楽は、カウント・ベイシー・オーケストラwithサラ・ヴォーン。

食後はコーヒー飲みつつ、オーラソーマ。それがドンピシャ。ちょっと行き詰まりを感じつつも、動いてみようかなーと思われてたことが、それ絶対楽しいってって結果。
こっちまで楽しくなりました。

次回はどんなオーダーなんでしょ。
このあきる野で賀茂茄子作ってたり、山東菜や空芯菜作ってたりもするんですよね。
そんなの使ってみても面白そーです。

2007/08/27

今日の朝ごはん

ツナとタマネギのホットサンド。
タマネギは塩揉みして、水洗い後、よく絞って、ツナと和えて、胡椒、マヨネーズ、フレンチマスタード。
焼いたら完成。
ピクルスにピンクペッパーを添えて。
副菜にトウモロコシを茹でただけ。

本日のミュージック。
『SALT WATER TAFFY』
日曜日の朝。アガります。

2007/08/26

お散歩

今日はいつもと違う散歩コースwith息子。
広徳寺という山寺から、アスファルトの道は避けて砂利道から土の道へ。
以前、ツクツクホーシはまだって書いたけど、山寺で今年初めて聴きました。時期の問題か、場所の問題か。ツクツク法師やもんね。山寺がお似合い。今家からはツクツクホーシは聴こえません。
なんかいつもと違うとこ歩くと、不思議なもの、かわいいもの、発見。
こないだ久しぶりにケータイを機種変したのやけど、それは今まで使ってたケータイのカメラがイマイチだったので、またブログ始めたし、そうなるとやっぱケータイのカメラって使えるやん?で、515万画素のにしたわけ。やのに、手ぶら・・・。持ってるまともなデジカメが400万画素やから、カメラ付きケータイやなくて、ケータイ付きカメラよね。
で、発見したもの。
ヘチマ乾かしてあったり、なんでこんな刈り込みなわけ?な植栽に出会ったり。深閑とした森の道とか。青いいが栗、青い柿。想像して下さい・・・。
今度はケータイ持参します。

2007/08/25

牛丼と参勤交代

お昼ご飯を煉瓦亭、あきる野でズバ抜けて美味しい洋食屋、へ向かったのだけど、生憎のお休み。がーん。仕方がないので福生の吉野家へ。仕方なくもないか。やっぱ福生、黒人一家が来て、「すみません、お水」と微妙なイントネーションで言ってたのが微笑ましかった。男の子2人がかわいくて。いくつくらいやろー?そんな話はどーでもいい。
吉野家であるのにもかかわらず、「~でよろしかったでしょうか?」を連呼され、「なんでやねん?」と心の中で連呼。
やっぱ違和感を覚える。過去形の型を取ることで、実は責任がこちらにうつされてることにイヤらしさを感じるのである。「~よろしいでしょうか?」なら確認で、責任は双方にある。でも「~よろしかったでしょうか?」と言われると、「そうしてくれ」とこちらは頼んだ覚えなどないのに、端からこっちが頼んだかのごとく、というおかしさが発生する。
「こちらに置いてよろしかったでしょーか?」
ってなんの話?って感じじゃない?
それまでどこに置くか、なんて話題にすらなってなかったやん・・・。
それって丁寧な言い回しなん?その勘違いだけで、責任の所在とかそんなことは考えてないって?そーかな・・・?
大体、おかしな日本語として散々取沙汰されたのに、なぜマニュアル接客をしている吉野家でその修正がなされてないのか、に疑問。
そう思いながら昨日からの続き『いちばん大事なこと』を読んでたら出ました!
『環境問題を議論すると、「そうはいっても、昔の生活には戻れませんからねぇ」と慨嘆する人が必ずいる。そこで私はカッと怒る。「戻れません」と誰が証明したのか。それをいうなら、「昔の生活に戻りたくありません」だろうが。それを「戻れませんからねぇ」と、あたかも「客観的に不可能」であるかのように主張するのは、インチキである。』
はースッキリ。
ちょっと違う?
言葉って意識の産物やから、どう取り繕っても思ってることが言葉に表れてしまうものやと思う、という意味で同じやと思う。
そして。
『なにもしないで、「先行きどうなりますか?」と他人に訊く。不景気だ、失われた十年だ、と過去をいう。政治が悪いんだと、他人のせいにする。そうなったら、ある意味おしまいだということは、だれでもわかっているはずである。なぜそうなったか。学ばなくなったからである。学ぶとは、自分が変わることである。目からうろこが落ちる。それを先生に教えてもらって、やるのではない。自分で目のうろこを落とせ。』
続けて、
『年間日本の自殺者数は三万人を超えるが、人生は生きるに値するにもかかわず、この数字が増えるということは、そう思わない人が増えたということを意味する。生きるに値しない世界を創って、そこで長生きしてみて、それがどうだというのか。それがどのような世界であれ、世界を創り出してるのは、結局はわれわれ自身なのである。』
養老孟司は『バカの壁』でも確か参勤交代を勧めていたと思う。もちろん今回も同じく。
自分で考え、自分で答えを出し、自分で動く。それが大前提。それができないというのは、都会の常識だけが常識だと信じ込んでることにある、と思う。あらかじめ答えが用意されているのが都会というところだと、田舎に住んでそう思う。もちろん都会を否定をする気はない。田舎偏重でもなく、都会にしか住めないということでもなく、両方を行き来できることがバランスの良さやと思う。
「どうすればいいか?」と訊く前に、「どうしたいのか?」が先にあるはずで、どうであれ最後は「どうする・どうした」でしかない。それが自分の責任。他人のせいにしてはいけない。それをキリスト教では「人間には自由意志がある」と言う。自由の裏側には責任が潜んでる。自由が欲しけりゃ自分で責任を取るしかないし、責任を負うから自由が手に入る。それだけのこと。
結局は自分。自分で考えて、自分で答え導き出して、自分が動くこと。それが他人のためにもなる。って最近そればっか。
そう、『結局はわれわれ自身なのである』。

2007/08/25

プッチンプリン!

知ってました?御歳35。そう誕生してから35周年だそうです。ワシより年寄り。
そのプッチンプリン翁を使ったお菓子やデコレートをwebで紹介する、みたいなお仕事のお手伝いをさせてもらいました@サロン・ド☆ピンク。
そもそもはbaco先生に来た依頼。レシピはbaco先生、chezがスタイリングのお手伝いだったわけです。
撮影現場ってオモロいんですよ。やっぱり裏側の事情があって。
プッチンプリンを開けるとどーしてもへりについたヘタというかがあったり、小さな欠片があったり、カラメルの澱みがあったりするんですが、それを化学の実験で使う特殊ティッシュと綿棒を使って取り除く作業を施すわけなんです。
それを大の大人が何人も寄ってたかってやってる姿ってオモロかったです。変な緊張感と集中を要して、黙々とやってる大人。その手元にはプッチンプリン。どーよ。

サイトは9/10オープン。URLは追ってご紹介します。

2007/08/24

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