At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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京都どーすか?

仏教ing

*Meets次号用に書いた原稿ですが、現在発売中の号で終了となりましたので、こちらにて掲載致します。

「祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」

有名な平家物語の冒頭。

その沙羅双樹で有名な東林院という塔頭が、臨済宗の妙心寺山内にあります。

毎月、うちのお店で坐禅の会を催しているのですが、その指導者である羽賀和尚は、岐阜にある妙心寺派蓮華寺の住職であり、現在、妙心寺有する花園大学の学生寮の塾頭もされていて、その出会いは端折りますが、和尚からのご縁で、前出の東林院さんで、和尚にも出演頂いての『THE ZEN KAI』というチャリティイベントを行わさせて頂いたことがあります。時期はちょうど2年前、沙羅の花が咲き誇ってたのが記憶に鮮明です。

さて、そんな羽賀和尚が10年程前、この東林院さんでお手伝いをされていたことがあるそうで、その頃、「花を見ている 花も見ている」という言葉に出会われたそう。それはなんと以前『眼聴耳視』の回で紹介させて頂いた、河井寛次郎氏によるもので、当時和尚は河井寛次郎記念館にその言葉の由来を探しに走られたそう、ですが、その時におられた方には対応頂けず、後日、お孫さんであられる、鷺珠江さんからお手紙にてご連絡を頂いたとか。さすが仏教、ご縁だらけ。

ちなみに「花を見ている 花も見ている」の説明は、同じく寛次郎氏の言葉、「鳥が選んだ枝 枝が待っていた鳥」という言葉をお伝えすることでどーすか?ということにしたいと思います。

さて、諸行無常って言葉、一体どういう意味でしょう?と改めて羽賀和尚に伺いに。

「どうやらネガティブなイメージを抱かれてる方が多い気がしますが、無常は常ならずという意味であって、無情ではないのです。どうも平家没落の物語のため、情け容赦ない(=無情)や衰えゆくというような意味で捉えられがちですが、そうではありません。私なりに言えば、ing、即ち現在進行形、移ろいゆく様ということでしょうか」。

お見事!

「ですから、マンネリとかおっしゃいますが、同じ瞬間がないということをお釈迦様は無常と呼んでいるわけでして、変化しかない以上、マンネリ状態なんてあるはずはなく、それを感じている本人が怠惰であるということになりますね」。

チーン!

「今でこそお寺は、国宝や文化財とされ、重々しさや渋さを醸し出し、それをありがたがって下さる皆様にとっての観光地となっていますが、当時においては建築にしても発信する文化にしても最先端だったはずなんですね。ingを説いてる仏教が過去形になっている現在とは、まるで公案(=禅問答)のようですね」。

そんなingな羽賀和尚の袈裟は、アメリカの現代アーティストのアンディ・ウォーホルの花柄プリントをコム・デ・ギャルソンがデザインしたストール、という代物をアレンジされたもの。もちろんお財布もギャルソンのもの。

さぁ葬式仏教と言うなかれ。本来的な仏教ingを体現する和尚有する京都、どーすか!

2013/05/15

たゆたうたゆう


Meets300号記念、おめでとうございます!今回は花街についてどーすか!つーこと花を添えてみたいと思います。

京都で夜の大人な遊びといえば、祇園で舞妓はん、なわけですが、敷居が高過ぎてちょっと、と思いつつも、一度は味わってみたいもの。そんな大人遊びができるのは、上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町の、いわゆる五花街。とはいえ、基本花街は観覧謝絶、いわゆる一見さんお断りな場所。それは貧乏人は来ないでね、という排他主義なのではなく、もてなすためにはしっかりお客さんの好みを把握しておきたい、というサービス精神の裏返し、故に紹介制が確立されているということなんだそうです。

その花街文化の起こりは、足利時代に遡れ、公家文化と共に生まれたそうです。日本最古は京都・島原。残念ながら1970年代で、花街ではなくなりましたが、その島原に、唯一残る『輪違屋』さんがなんと現在もお茶屋営業をされています。

五花街には、芸妓、舞妓がいて、いわゆるお座敷芸である、小唄、長唄、地唄、三味線、太鼓、鼓、踊りなんかを披露しますが、島原には太夫という、なんと正五位を持ち天皇に謁見できる身分の遊女が現存しているのです!お座敷芸はもちろんのこと、和歌、書画、立花、聞香、更には、胡弓や一弦琴の弾き唄いまで修練しているという最高位の遊女が!

装いは、十二単を簡略化したものに、前結びの帯、化粧は、お歯黒を施し、口紅は下唇のみ、とすべて御所風。ちなみに太夫と似た存在として花魁がいますが、花魁は太夫のコピーで、花魁には官位はありません。

さて、そんなハイレベルな文化がなぜ衰退しているのかといえば、明治天皇が東京に居を移されたことで、京都から公家がいなくなったことによります。一般庶民にとって、小唄、長唄でもレベルが高いのに、和歌や聞香と言われても最早ついていくこともままならず、遊びのはずがちょっと苦痛であったりするわけで。また、芸妓舞妓は一人で成立しますが、太夫は、禿という女児2人に引舟という補助役、道中傘(日傘)を差し掛ける傘持とがワンセットのため、遊ぶ費用も格段に高くつくということの影響もあります。とはいえ、知る人ぞ知るという太夫の存在ではありながらも、尚残っているのは、やはり本物だからこそ、更に公家はいなくなろうとも、京都にはそれに匹敵する教養度の高い人たちが少なからず存在し、その支持があるからなんだろうと思います。

私事で恐縮ですが、輪違屋さんと太夫の存在を知った時の衝撃、交わされる会話についていけないいけなさ加減の自分に対する辟易が凄まじ過ぎて、この世界をもっと知りたいと思っている現在。

また折をみて、花街や太夫について、書く機会を持ちたいと思っています。

先ずは、血の出るような努力を微塵とも感じさせない太夫を抱え、その火を灯し続ける輪違屋有する京都、どーすか!つーことで、どーすか!

Meets 300号より

2013/05/01

温故on温故 vol.2

「以前お伺いした際、縦軸にたてはなを置いて、横軸になげいれを置いて、その交わる一点で活けたいと仰ってた記憶があるんですけど、あれはどーいう意味やったんですか?」と伺えば、「今は縦が横でもどっちでもいいわ。縦横無尽」。

・・・わっけわからん、けど、そんな風に言えるようになりたいっす。

「アナタが源兵衛さんの回で書いてる、荒事(アラゴト)・和事(ニギゴト)って縦横でしょ?」

え?そういうことなんですか・・・?

「要は、荒魂がスサノオで、和魂がアマテラスで、交わる1点がツキヨミと置き換えてもいいんじゃない?河合隼雄先生とかが日本文化の根幹は中空って言うてるでしょ、つまり空っぽ。そういうこと」。

めっちゃオモロい!ですけど、増々わかりませんがな。とりあえずそういうもんだと今は知っておくだけでよろし、ということで、縦横無尽な今の境地として、

「なげいれはバッとなげいれてこそ、なげいれなんです。折ったり切ったりした時点で「~流」になってしまうわけです。バッとなげいれるにしても、なげいれようと意識した時点でなげいれではありません」。

確かに、さりげなさを意識した時点で、既にさりげなくはない。かといって、バッとなげいれればそれでいいのかといえばそんなはずはあるまい。無意識でやっても様になるような基本形が身に付いていてこそ、ですよね?

「織物はピンと張られた縦糸に、横糸を織り込むことで完成しますが、完成した織物に縦糸を見出すことはできないでしょ。しかしながら、縦糸のない織物は存在しないのと同じことです」。

はっはーん、それは白州正子氏(川瀬さんとの共著に『花と器(神無書房)』がある)の言う、

「古いものの中から生活に合ったものを見出すのは、利休以来の日本人の伝統である。現代は独創ばやりの世の中だが、現在を支えているのが過去ならば、先ず古く美しい形をつかまねば、新しいものが見える道理はない」。

ということに通じますよね?

古く美しい形を知ることで、新しいものを見出す=温故知新なわけで、知新温故とはなりようもないということか。更に古く美しい形なんて意識せずとも体が勝手に動く=身に付くまで自分を持っていくこと=見えない縦糸、ってことなわけで。

温故=伝統を縦軸に置いて、知新=革新を横軸に置くことで、伝統的で革新的なもの、伝統的で革新性のないもの、伝統のない革新だけのもの、伝統もなく革新もないもの、が発生する。平たく言えば、広く浅くか狭く深くか、という話になるけど、狭く浅くもあるし、広く深くもあるよね、という。ということになれば、川瀬さんの仰るなげいれとは、広く深く=伝統的で革新的であるという、縦横の軸を超えてしまったところ=縦横無尽な境地、に至って初めて成立するってことですよね?

「そうなれば中心が全体に広がってるでしょ?日本文化の中心は中空、即ち無。『私』が活けてるうちはダメってことね。自身が花になってこそ。花に『私』はありませんから」。

縦横無尽で無私の花人を生んだ街、京都どーすか!!!

Meets 298号より

2013/03/01

温故on温故 vol.1

高校生の頃、ネスカフェ・ゴールドブレンドのTVCMで、「花人・川瀬敏郎は知っている」というナレーションをバックに、直径1mはあろうかという水盤に菖蒲がビッシリと、しかも整然と静けさをもって活けられてる姿が流れてた。伯母が嵯峨御流でちょこっとお花は見てたけど、度肝抜かれるとは正にこのこと。習いたい!と思ってから10年後、東京・吉祥寺でFloorという和菓子と日本茶をメインにしたカフェをやっていた頃、縁あってお宅に伺わせて頂いた。玄関には今活けました!という椿が須恵器の掛け花入れに一輪。

席につくなり、「どこの和菓子が好きなの?」京都出身の川瀬さん相手にとりあえず京都のお菓子屋さんの名前を挙げるのはアカンと思い、「鎌倉の美鈴です」。と逃げてみたら、「私は、生風庵のきんとん、中でも雪餅は最高だね」。とのこと。すみません、存じ上げません・・・。つーか人生でこんな怖い思いをしたことはない。なにをどう答えようが全て見通されてるような気分。もう目見て話せませんし。

さて、「なぜお花が習いたいのですか?」よく来て頂く池坊の師範免許を持った着物美人のお客さんを満足させれるような花を活けれるようになりたくて、せめて基礎だけも習いたいと答えると、「アナタが、趣味でお花を習いたい、もしくは、花で生きていきたいと言うんであれば教えることはできます。しかしながらアナタが今やっているカフェは、自分の好きなようにした空間なんでしょう?そこに川瀬や池坊のカタチが入ると気持ち悪いと思いませんか?仮にアナタが活けた花を池坊の師範免許を持った方が貶したとしても、その基準は池坊の初代に準じたものでしかなくて、その方個人の目ではない。そんなことは気にせずに、空間と同じようにアナタの好きなように活けなさい。アナタが家元になればいい」。・・・快・感(薬師丸ひろ子調)。即、新幹線に乗り京都・生風庵へ。ちなみにこの時が人生初の俵屋旅館泊だったりする。

それからさらに10年後、誉田屋源兵衛さんとイノダで朝コーヒーをしてた際、川瀬さんとバッタリ再会。川瀬さんと源兵衛さんも旧知だったりもして、今更ながら世間の狭さに驚いてみたり。

改めて連絡先の交換をさせて頂いたところ、今回のご来店の運びとなる。

これはチャンス!とばかりに、源兵衛さんの回を読んでもらった上で書かせてもらいたい旨を伝えると、

「表面上は小マシなこと書いてるんじゃないの?」

と褒められてるんだか貶されてるんだか、とにかくどうぞお好きにと仰って頂いてここに至ってる次第。「最近、どこのきんとんが美味しいと思われます?以前言われてた生風庵はなくなりましたねぇ」。と伺えば、「今は、簫月ですね。それと末富」。わかります!あーホッとした~。

さて話はここから佳境に入ります!が残念ながら紙が足りないので、来月につづく、つーことでどーすか?

Meets 297号より

2013/02/01

非常識の常識

『この骨董が、アナタです。(仲畑貴志著)』という本がある。この言葉は白洲正子氏によるもので、著者でコピーライターの仲畑さんは白洲氏から最後の数寄者と呼ばれたそう。この本の中に画伯という人物が登場する。架空のようではあるが、実在する人物。この画伯、実は以前努めていた会社の取締役で、自分に骨董をやれと薦めてくれた人物でもある。で、その画伯が先日、京都で270年続く帯匠・十代目誉田屋源兵衛さんを連れて来店。今一緒に荒妙和妙(アラタエニギタエ)なんとかという名で、苧麻布や大麻布の研究をやってはるらしい。ちなみに源兵衛さんの奥さんは、『素夢子古茶屋』という韓国カフェを三条通室町でやってはる。その画伯と源兵衛さん、共に六十代なのやけど、最強。二人の言う「そんなん普通やん」という言葉の普通じゃない加減は半端ないのやけど、当人たちは至って普通で過ごしてはる。一体どういうことか。

二年前、源兵衛さんがユナイテッドアローズと組んで、着物のショウを六本木ミッドタウンで催されたのやけど、その際のDVDを見せてもらった。想像する男物の着物からはかなり逸脱した、色目も柄も派手なもので、デザイン性に優れた着物と評されたよう。だが、それらの着物のデザインは源兵衛さんによるものではなく、安土桃山あたりでは当たり前にあったものだそう。今イメージしている鼠やの鮫小紋やのいわゆる地味な着物は、家康の政策の結果によるもので、武家から武術を取り上げ、能や茶の湯、いわゆる和事(ニギゴト=大正期に死語に)に向かわせるというもの。それに対して荒事(アラゴト)とは、虐げられてきた者たちによる反体制的な意思の体現、傾奇=歌舞伎。前述の派手な着物は、いわゆる傾奇者が着ていたものなんだとか。今イメージする着物は和であって、では荒はいずこへという話。そういう意味で、草食系男子が増えるのも仕方ないのかも?和=幽玄とするなら、荒=拉鬼(ラッキ)。幽玄や拉鬼は藤原定家の和歌十体のうちの二つ。幽玄=侘び寂び、拉鬼=デフォルメ。日本文化の美意識と言えばすなわち幽玄とされるけど、荒の欠如同様、拉鬼の表現も影を潜める現在。きっと普通とはひとつではない。少なからず和の普通と荒の普通が存在するはず。でも現在は和のみが普通として成立していて、荒はなかったことにされている。だからこそ、歌舞伎役者にも和の普通を求めるのやろうけど、それは求める方がどうかしてるはずなのでは?

天皇がいて、将軍がいるという二重構造であった日本。権威と権力が並立した国の歴史は珍しい。これは一神教の世界では理解し難いことではないかと思う。いずれかへの傾倒や一極集中を統合というのは勘違いかもしれない。いずれかが正しければ他方は否とするというのは間違いかもしれない。そんな常識に疑問を抱かせてくれる京都、どーすか?

Meets 295号より

2012/12/01

伝統⇄革新?

京都らしさを一言で、みたいな注文が時々ある。わかるようなわからんような・・・でいつも答えに窮する。だったらわからないことはわかる人に聞きに行こうと、自分の中で京都らしさNo.1の俵屋旅館さんへお話を伺いに。お相手をして下さったのは、専務の佐藤守弘さん。当主の息子さんにあたる。京都精華大でも教えてられるそう。早速、「京都らしさってなんだと思われます?」と質問。即答は「なんなんでしょうねぇ」。・・・終了~。し、しまった・・・ワシ、ここへ何しに来たのやっけ・・・?とりあえずお手製の本蕨餅を頂きつつ遠い目をしてみる。間抜けな空気を察して頂いたのか、「館内をご案内します」と佐藤さん。後について探検開始。

『京の大工棟梁と七人の職人衆 (笠井一子著)』という本がある。冒頭の数寄屋大工棟梁・中村外二氏のロングインタビューは絶景、大工を通して哲学がある人。その彼とその子息によって手掛けられた俵屋旅館の改修は、考えられないほど手間を掛けた仕事で、そのデザインは当主によるものらしいが、きっと職人泣かせだろうと思う。「神は細部に宿る」という言葉が本当だとするなら、俵屋旅館には神が宿りまくってると思われる。その神に至る経緯を説明して頂いてる中で面白いことを仰った。「そういえば階段も昔は京都らしい狭くて急なものだったんですが、緩やかなものに変えました」。ん?京都らしさを捨ててなお京都とはこれいかに。増々わけがわからなくなる・・・。「俵屋は京都でないと成り立ちません。職人がいませんから。逆に電話1本で飛んできてくれる利点があります」。フムフム、京都が少し見えてきた?

館内を見せて頂いた上で感じたことは、厳然とした伝統がありながらも、革新が随所に見受けられること。辞書的には伝統と革新は対立概念とされる。でも少し考えてみれば、伝統も革新によって生まれたのではないのか?と思う。例えば利休は伝統を踏襲しながらもかなり革新的なことをやっている。その結果がまた新たな伝統として現在に至っているわけで。ということは、実は対立ではなく補完の関係にあるということになるのではないのか。対立を俯瞰することによって補完に変えてしまう。伝統を粛々と守ることだけではなく、そこに革新をもたらすことで京都は紡がれて現在を創っている。きっと現在の俵屋当主は白隠や蓮如のような中興の祖と後に語られることになるであろうと確信する。

京都らしさを目指せばきっと失敗する。京都とはなにか。対立を補完に変えてしまう、もう一つ外側の視点こそ、京都なのではないかと。京都らしさ、なんていう曖昧なものは探してもきっと見つからない。対立の外側に立つことこそが京都!どーすか!!!

Meets 294号

2012/11/01

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