At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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しあわせになりたい

  • DATE : 2013.05.13
  • Cat : Sol

先日、お店にお越になられた方から教えてもらったのですが、看護士さんによる以下のような統計があるそうです。

「死ぬ前に語られる後悔 Top5」

1.「自分自身に忠実に生きればよかった」

2.「あんなに一生懸命働かなくてもよかった」

3.「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てばよかった」

4.「友人関係を続けていればよかった」

5.「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」

生きることに意味なんてない、なんて耳にすることがありますが、だとしたら、意味のない死しかないってことになるはずです。

誰かの死に立ち会う時、残された者としては、多くのものを受け取るはずだと思います。そこで少なからず生きる意味を思うはずなんだと思います。でも人はまた日常に戻っていく。

原発ってどうなったんですっけ?

放射能はなかったことでしたっけ?

後悔のないように生きるなんて簡単に言いいますが、5分後に死ぬかもしれません。

人は死ぬ。その際にどう思うのかを思えば、退屈なんて言うことが自分に対してどれだけ失礼かわかろうというもの。

養老孟司氏がよく、「今の人は死なないと思ってる」言われますが、その意味は、生きてるのは肉体だけで、活き活きと生きてない、自分を活かしてないってことで、死ぬことを前提と捉えれば、そうはいかんでしょうということ。

生きる上でお金は必要です、が、お金で生は買えません。

必要な分を賄えばいいんであって、お金のために生きる必要はどこにもないです。

間違っても、命よりもお金が優先されるようなことがあってはならないはずですが、それがまかり通ってるのが現在なのでしょう。

多かれ少なかれ、そんなことに加担しているから、不幸なんだと思います。

幸せになりたいと思ってませんか?

それは今、幸せではないから幸せになりたいわけで、即ち、自分で今の自分は不幸であると信じているってことです。

幸せに正解なんてありません。社会は学校ではないので、正解が1つのはずがないんです。仮に幸せになりたいと欲するんであれば、自分にとっての幸せとはなにか、を自身に問うことです。それが生きるってことです。

人が決めた幸せのカタチに自分を嵌めるから不幸なわけです。

さて、ここまでは幸せと漢字表記をしてきましたが、幸という字は、土と羊を合わせた文字で、土地と資産を表しているのだそうです。物質的に満たされることが、幸。また、甲骨文字では手錠の意、手かせの象形が幸だったという説もあるようです。

明治文学あたりでは、しあわせは、仕合わせと表記していたようです。言い換えれば、巡り合わせという意味に近く、特にそれが良いことでも悪いことでもありません。ただ、巡り合わせを偶然と捉えてしまうのではなく、それを俯瞰して因果関係を眺めることができれば、その状態は既にしあわせなんではないでしょうか?

いずれにせよ現在は、物質的豊かさを追求するからこその幸、なんでしょう。

そして幸を求めることが手かせとなる。

そんなことはさておき、生きていれば、仕合わせに立ち会ってるわけなので、そのことに感謝できることが本来的なしあわせってことなんだろうと思います。

SOL