At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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たゆたうたゆう


Meets300号記念、おめでとうございます!今回は花街についてどーすか!つーこと花を添えてみたいと思います。

京都で夜の大人な遊びといえば、祇園で舞妓はん、なわけですが、敷居が高過ぎてちょっと、と思いつつも、一度は味わってみたいもの。そんな大人遊びができるのは、上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町の、いわゆる五花街。とはいえ、基本花街は観覧謝絶、いわゆる一見さんお断りな場所。それは貧乏人は来ないでね、という排他主義なのではなく、もてなすためにはしっかりお客さんの好みを把握しておきたい、というサービス精神の裏返し、故に紹介制が確立されているということなんだそうです。

その花街文化の起こりは、足利時代に遡れ、公家文化と共に生まれたそうです。日本最古は京都・島原。残念ながら1970年代で、花街ではなくなりましたが、その島原に、唯一残る『輪違屋』さんがなんと現在もお茶屋営業をされています。

五花街には、芸妓、舞妓がいて、いわゆるお座敷芸である、小唄、長唄、地唄、三味線、太鼓、鼓、踊りなんかを披露しますが、島原には太夫という、なんと正五位を持ち天皇に謁見できる身分の遊女が現存しているのです!お座敷芸はもちろんのこと、和歌、書画、立花、聞香、更には、胡弓や一弦琴の弾き唄いまで修練しているという最高位の遊女が!

装いは、十二単を簡略化したものに、前結びの帯、化粧は、お歯黒を施し、口紅は下唇のみ、とすべて御所風。ちなみに太夫と似た存在として花魁がいますが、花魁は太夫のコピーで、花魁には官位はありません。

さて、そんなハイレベルな文化がなぜ衰退しているのかといえば、明治天皇が東京に居を移されたことで、京都から公家がいなくなったことによります。一般庶民にとって、小唄、長唄でもレベルが高いのに、和歌や聞香と言われても最早ついていくこともままならず、遊びのはずがちょっと苦痛であったりするわけで。また、芸妓舞妓は一人で成立しますが、太夫は、禿という女児2人に引舟という補助役、道中傘(日傘)を差し掛ける傘持とがワンセットのため、遊ぶ費用も格段に高くつくということの影響もあります。とはいえ、知る人ぞ知るという太夫の存在ではありながらも、尚残っているのは、やはり本物だからこそ、更に公家はいなくなろうとも、京都にはそれに匹敵する教養度の高い人たちが少なからず存在し、その支持があるからなんだろうと思います。

私事で恐縮ですが、輪違屋さんと太夫の存在を知った時の衝撃、交わされる会話についていけないいけなさ加減の自分に対する辟易が凄まじ過ぎて、この世界をもっと知りたいと思っている現在。

また折をみて、花街や太夫について、書く機会を持ちたいと思っています。

先ずは、血の出るような努力を微塵とも感じさせない太夫を抱え、その火を灯し続ける輪違屋有する京都、どーすか!つーことで、どーすか!

Meets 300号より