At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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天上天下唯我独尊

  • DATE : 2013.04.22
  • Cat : Sol

今朝、郵便受けをチェックしたら、見知らぬ方からのハガキ。要すれば、「通りすがりに見つけたお店がとても沁みましたのでお送りさせて頂きました」という内容。・・・デジタルの時代に手書きのハガキ。こちらもすごく沁みてます。ありがとうございました。早速お返事認めなきゃね。朝から超アガる~♡

昨夜、嫁とお好み焼きを食いながら話してたこと。

ワシ、基本お店に立ってないので、最近の事情は把握してなかったのやけど、嫁いわく、誰それさんの紹介で来ました、みたいなアプローチが非常に多いと。

で、嫁にしてみれば、その誰それさんを知らないんですね。多分、その誰それさんがオススメ頂いてて、ありがたい限りなんですが、紹介元をこちらが把握できていない。お顔を見ればわかるのかもしれませんが、お名前だけではちょっとわからないという。

嫁もワシ以上にハッキリしてますので、存じ上げない旨をお伝えするそうなんですが、当然、ガッカリされてしまうんですね。

どーすりゃいい?と。

もうまたややこしいわ、と思いつつ、あーでもない、こーでもないと考えつつ寝落ちしたらしたで、イヤ~な夢を見る始末。

が、今朝起きると、前出の素敵なハガキが届いてるではありませんか!

そこで、思います。

紹介ってなんでしょうか?

ここで使われる紹介というのは、決して本来的な意味での紹介ではありません。

また厳しいことを書きますが、これは、自分を認識してもらいたいという思いを、他者よりの紹介という言葉を利用しているに過ぎない、と思うのです。

このおハガキを下さった方のように、認識をされたいと思うんであれば、自己紹介こそが、重要なのではないでしょうか?

例えば、ヴィトンが好きだとして持ち歩くのは結構なことですが、ヴィトンを持つことで妙な安心感や信用度が生まれるという錯覚で持ち歩くのは本末転倒なわけです、ということに同義。そういう人は得てして、本屋で平積みの雑誌等、商品の上にも関わらず、大事な大事なヴィトンを置きつつ立ち読みしてるもんです。お陰で何度かそのヴィトンの下にある見たくもない女性誌を立ち読みするハメになったことは言うまでもありません。神棚にでも飾っとけば~と言葉を添えることも忘れずに。

仲良くなりたいとよく耳にします、が、その時点で仲良くなんかなれない、ということに気付く必要があります。

それは所有欲なわけです。なぜ所有されなきゃならんのでしょうか。なぜその欲を相手が満たしてあげなければならないのでしょうか?

人の名を借りてのアプローチに垣間見えるのは、相手に対しての興味ではなく、自分に対しての興味でもなく、単に自分の箔に対する興味、でしかありません。

自らの利益を欲されても、何事においてもギブアンドテイク。

それが成り立たないところに縁が生じようはずもありません。

人から認められたいという思いは、他者から奪う思想です。先ずは自分で自分を認めること(=自分が自分に与えること)が、できたことによって、他者からも認められるという結果に至るのだと思います。

往々にして、自己卑下や自己憐憫(=自分が自分から奪うこと)に陥るから、それを埋めようとして、無意識に他者から奪おうとしてしまっているものだと思うのです。

自らが自らに与えることで、必然的に満たされるわけで、すなわち余裕が生じる、が故に、他者にも与えることができる。

自らが自らから奪うからこそ、枯渇し、そのために他者から満たされようとして、結果奪うことになる依存状態に陥るのだと思います。

自分が誰かより劣っているはずはない。

この世に自分は1人しかいない以上、比べることなんてできません。

元々特別なオンリー1であるなら、そもそもナンバー1なわけです。

1人しかいないのに、ナンバー2になりようがありません。

そういう意味でいえば、劣っている人がいるのではなく、劣っていると信じている自分がいるに過ぎない、ということです。

勝るとも劣るともなく、本来的な意味での唯我独尊、であればいいのだと思います。

SOL