At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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気の置けない空間の作り方

  • DATE : 2012.11.30
  • Cat : Sol

言葉にならないことっていっぱいあって、にもかかわらず言葉での説明を求められることっていっぱいある。仮に言葉で説明してみたところで、理解されなけりゃ意味ないわけで。

「特殊相対性理論によると、空間が伸縮する時には、必ず時間も伸縮する。つまり、時間と空間は切っても切れない関係にあることが分かった。かくしてアインシュタインは、この宇宙の3次元空間と、1次元の時間を一体化し、これを4次元時空と呼んだのである」。

フムフム、なるほどね、って普通はならへんと思うけど、如何なもんでしょ?言葉の上では読み取れたとしても、では具体的にどういう状況、状態をそう呼ぶのか証明せよ、とか言われたらどう?

理解・不理解の差はここにあると思う。

さて、次元は違っていたとしても、自分の中で空間によって時間の感じ方が違うという感覚は常にあって、それはわりと共有できる感覚やと思うのやけど、例えば初めて南禅寺の山門くぐった後の衝撃とか、西洋の教会の荘厳さとか、祭りの最中の最高潮の興奮とか、美術館の非情さとか、がもたらす時間感覚のズレ。自分が変わったわけではないはずなのに、時がゆっくり流れるような感じ。夢中にさせるなにか。

それらに共通するものを考えてみたところ、いずれかに神的な、どこかで宗教につながっていくようなという。同時に往々にして文化財級。

そんなん絶対無理やん。

いいホテルやいい宿、サービスのいいとされる飲食店等。

サービスを必要とするってことは、空間に時間が伴ってないからだと思う。

時間がゆっくり流れて欲しくないんであるなら、忙しなくさせたければそれなりの、ということも可能なはずで。空間で時間をコントロールできるんであるとすれば、風水的なものもあながち嘘ではないのかも。あんまり知らんけど。いずれにせよ、中村外二氏のインタビュー(『京の大工棟梁と七人の職人衆』笠井一子著)を読んだらわかる。

人を迎えるにあたって、その空間にどれだけ細かく向き合ったのか、時間を費やしたのか、がズレを生む要素の1つにあると思う。

1人暮らしをしたのは、

大阪・江坂の『シャトー・金沢』6畳1R

東三国『ミングルなんとか』6畳+K

淡路『?』12畳+K

豊津『なんとか荘』昭和の共同トイレ風呂なしアパート6畳+4.5畳+K

尼崎『?』石造りのエーゲ海にありそうなアパート6畳+6畳+K

一旦実家に帰り、再びの一人暮らしは、

東京・代官山『パーフェクト・ルーム』9畳1R

元麻布『?』外人ハウス的な2DK

三茶『?』6畳+4.5畳DK

吉祥寺『?』6畳1R

代々木『?』6畳+4.5畳+6畳DK

結婚して、

吉祥寺『大家さんち2F』3LDK

あきる野『空き家の大家さんち2F』4LDK

再び地元に戻り、

加西『空き家の大家さんち平屋』5LDK

そして京都、現在へと至る。

よくもここまで引っ越しを、と我ながら思う。

面白い物件、魅力的に思う物件、とにかく住んでみたくなる。当然、必要に迫られてってのもある。

最新の建物、高層階、古いもの、一軒家、平屋、建て売り的なもの、建築家の入ってるもの、建築家の自邸等々。

それらに合わせて泊まり歩いた宿を足せば、割と味わった方なんじゃないかと思う。

光の入り方、採り入れ方、空気の流れ、動線、使われてる木の素材、木のない空間、木枠、アルミサッシ、鉄枠。

賃貸と分譲。

土地に対しての効率で考えられた部屋と、住まいたいカタチの上にある空間。

ここが客間でリビングダイニングで寝室で子供部屋と見るなりそうでしかない部屋と、季節によって居場所を変えれるような空間。

単に家賃が高い部屋が気持ちのいい部屋かと言えばそうでもないことは言うまでもないと思う。宿も然り。土地代を差し引いたとしても、価値ある高値と、有名なだけの高値がある。

樹齢300年の木で組んだ空間と軽量鉄骨に石膏ボードな空間。割とどっちも好き。

とにかく、なにがズレを生じさせるのか。

神や宗教やのに関係ないところで、空間によって時間の伸縮が体感できるのか、それをカタチにしてみたいと思ってやった結果が今のSolなわけです。

屋根裏から軒下まで、一通り目を通した。全て掃除した。

灰皿が必要となった際、灰皿を探すのか、灰皿に値するものを灰皿と見立てるのか。

雑貨屋とかハンズ辺りの灰皿コーナー行くか、プロ用の厨房屋で小さいパエリア鍋買ったりする的なか。

納得のいくもの、そこに意味があるもの。

最近出会う60代や何代目当主とかが口を揃えて、続いてきたもんには必ず意味がある、と言う。意味がなければ続かないんであれば、意味を見出すしかなく、そうなれば意味が大きく深くシンプルなほど長続きするということになる。

花をもらったから花瓶に挿れる。

普通の行為ではあるけど、どこになにでどのように活けるのか、活かすのかという意識での結果とは明らかに違うものだろうと思う。そこに気配とかが生じるのだと思う。

実際、気持ちが籠ってるわけで。

その気のない人たちによって育てられたものを、その気のない人たちが加工して、その気なく摂りいれる、ってスカスカですやんっていう。

空間の空=空っぽということではなくて、あるものがあるために、ないものがある領域。ちなみに無は、ないものもない。0には2つの意味があるということでもある。

空間である以上、その気というないとされている、少なからず目では認識できないものがある領域でなければ成立しないんだろうと思う。実際、人が住まなくなった家の朽ちる早さの半端なさはご存知の通り。

先ずは、時計の時間から外れてみること。そうすれば気配の時間が訪れると思う。

Sol