At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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頭の整理

  • DATE : 2012.11.26
  • Cat : Sol

履違えられた合理化

例えば、1-10までの手順を踏んで完成するものがあったして、当然、カタチにするために、

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10

とやるわけで、

でも慣れてくると、

1、2、4、5、8、9、10

とか手抜きをし始めるもの。

もしくは1-10の手順が必要であるにも関わらず、初めから勝手な予測の下で、また合理化の名の下に、手順を間引くもの。
でも不思議と手を抜いたり間引いても、それなりにカタチになってしまうもので。
ただ、そんなものはやっぱり長続きしない。

本当の意味での合理化とは、

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10

12345678910

と手順は踏みつつ、それぞれを早くしていくことやと思う。

丁寧に早くすること。



余裕と無駄

1,すべきしたいこと

2,しなくてもいいしたいこと

3,すべきしたくないこと

4,しなくてもいいしたくないこと

の4つの区分があるとして、

あるべきは、

1,2,3

であって、

4は問題外のはず、が、結構やってしまってて余裕をなくす。

1に気付いてなかったり、2に罪悪感を抱いたり、3に愚痴ったり。

4をやらなかったら、その分は確実に余裕になる。

悪人正機

気持ちに正直な言葉で伝えることは、難しい。

気持ちに正直になれない、正直な気持ちに気付かない。

それらを言葉にするにはボキャブラリー不足、体験不足、また、実体がないとされるので、言葉が存在しない等々。

嘘の定義はそれぞれとして、広義でいえば、上記も正直に述べれていない以上、嘘になる。

となれば、嘘はつくものという前提で、ついた嘘を白状できるのか、更に嘘を重ねるのか、で善悪は量られる気がする。



温故知新

古いものの中から生活に会ったものを見出すのは、

利休以来の日本人の伝統である。

現代は独創ばやりの世の中だが、現在を支えているのが

過去ならば、先ず古く美しい形をつかまねば、

新しいものが見える道理はない。

白州正子

意識と無意識

鳥が選んだ枝 

枝が待っていた鳥

河井寛次郎

点と点が線を結ぶということだけではなく

線の上に点と点が現れるということでもある

表現の自由

自分がいいと思ってしまったんなら、世間にお伺いを立てないでやってしまった方がいいと思う。

所詮世間は、独自性が強ければ強いほど、反対する。

結果、無難なものになる場合が多いわけやけど、その無難とは現代における、という一過性のものでしかなかったりする。

大脳へのプログラム

あなた方が脳を使うときに「私の脳よ、このように考えなさい」と指示することはないはずだ。つまり、脳は勝手に考えたり想像したりしているような状態にあるが、しかし脳は勝手に考えたり想像してはいない。

もしあなた方の脳が、あなたの「感情体」とのつながりが強ければ、あなたの脳は絶えずその感情を刺激するホルモンを分泌するので、喜怒哀楽といった感情全般に振り回される現実をあなたのために創造するだろう。そしてもしあなたの脳が、「高次の自我」とのつながりが強ければ、あなたの人生は「すべての必然」のうえに営まれ、愛に溢れた経験をすることになるだろう。このように脳は、あなたが持つすべての意識に作用されて機能している。もしあなたの大脳に、「人からの評価を得なければならない」「人から愛されなくてはならない」というプログラムがあれば、あなたの脳は絶えず他人の意識の影響下で機能することになり、そばにいる人によって考えや思いが絶えずころころと変化するようなことが起きるだろう。つまり、脳はあなたの意識が送り出す信号によって機能を変化させているのである。

1997年に、ロシア連邦南部にあるカルムイキア共和国の大統領が国営放送のトークショーに出演中、宇宙人が彼の自宅を訪問したと語ったことで話題になった。ロシアでは以前から、わりと公的な場においてもそのような発言はあったようで、宇宙文明との交流をかなりオープンにしている。今までの地球がまるで鎖国のように、閉ざされ続けてきたことのほうが、むしろ異常でもあり奇跡でもある。2012年12月22日の件も、実はマヤ暦やホピ族の暦が元になっているので、彼らの持っていた高度な知識や文明は明らかに、進化した宇宙文明との交流が生み出したものと捉えるべきものだ。

しかしこれまで、宇宙の高等科学や先進文明は地球人たちに何をもたらしてきたのだろうか。それは残念ながら一部の特権階級の人々に、莫大な富と際限のない強欲さを満たすためだけの、科学技術と社会の仕組みをもたらしたに過ぎない。しかしそのことから眼を逸らし続けてきたのはあなた方自身でもあるので、誰一人被害者はいないのも事実だ。地球の鎖国を終わらせるためには、地球人たちが「公平さ」ということに目覚める必要がある。そしてそのためには、一人ひとりが自分の劣等感を手放さなければならない。なぜならコンプレックスこそが不公平を作り出し、互いに傷つけあう結果をもたらすからである。

人間の意識が現実世界に捉われているあいだは、劣等感を拭い去ることはできない。この世界に公平で平和な社会を創造するためには、根深いコンプレックスを手放し、現実世界を超えた超意識の世界に焦点を合わせるしか方法はない。

「アセンションの超しくみ」by サアラ

とか。

仰る通り、人から評価を得なければならないわけではなく、愛されなくてはらないわけでもない。

結果、評価されたり、琴線に触れたかという。

黄昏時や波打ち際のような

肉体があることで可能になることと不可能になることがある。

触ったり触れたりできるのは肉体があるなればこそ。

逆に肉体があることで制限され、本来の姿ではないものをあたかもそうであるかのように捉えてしまっているってことが多々ある。

例えば、光の周波数帯を耳はキャッチできないので「聞こえない」だけで、光にも音はある。

音の周波数帯を目では「見えない」だけで、音にも色はある。

違う書き方をすれば、目は、赤橙黄緑青藍紫=可視光線といわれる部分だけを、見るという認識だけで捉える、赤外紫外、音の側面、匂いの側面があったとしてもそれを捉えることはできない。

耳が拾う周波数帯を音と捉え、それ以外の音やそれの色や味の側面があったとしても不可能に同じ。

ものの色と音と香りと味と触感を同時に満たしているものなんてほんのわずかでしかなくて、だからこそ音の色を観る感覚で聴くとかって意識が必要なんだと思う。

全体を味わうには肉体が邪魔をする、その領域に、「気配」を「察す」や「もののけ」は存在するのだと思う。

対立↓補完

光⇄闇=一瞬

昼⇄夜=一日

夏⇄冬=一年

男⇄女=人間

快楽⇄苦痛=肉体

好き⇄嫌い=感情

良い⇄悪い=精神

獣性⇄教養=道理

伝統⇄革新=文化

集中⇄飽和=無我

有⇄無=空間

過去⇄未来=時間

空間⇄時間=宇宙

Sol