At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

男女不平等

  • DATE : 2012.04.20
  • Cat : Sol

悪人正機が正しいとするなら、男は男だと思っている、女は女だと思ってるから理解し合えないってことかもね。男の中の女の部分、肉体的に男で生まれても女の部分も持ってるわけで。

男女は肉体が違う以上、妊娠の有無含め、感覚の一致は難しいと思われる。ただ精神的な女々しさとかって肉体の違いどうこうではなくて、両性で共有できる、あーあの感じ、みたいな感じではないのかなと思う。

こないだ花見がてら嫁と散歩してた時に愚痴についてした話。

男にとっての愚痴への処し方としては、先ずは聞く。その上で問題点を整理する。更に、どうすればいいのか、の提案までしてスッキリ!となりたい。

女性の言い分としては、どうせ言うたところでその相手は聞く気なんかないなんだから言うだけ無駄、なのはわかってるんやけどやっぱムかつくアイツ、だから聞いて~、聞いてくれるだけでええねん。

男としては最初はうんうん、ハイハイ、そらムカつく、とまではいい。それやったら、と言おうもんなら、もうええねん、とくる。よくないって。自分だけイきやがって、コノヤロー状態。

もしくは、女性も一応その男性からの提案は聞く。その上で、そういう『理想論』もあるわね、なんて言われた日にゃ、男は面目丸潰れ。

女性としては、諦めているのではなく、受け入れているのだ、ということ。

往々にして男性は、そこを諦めるな、努力でなんとかしろ、と言う。それを女性がイラつく。

だって体が違うのに、じゃあ男性も努力して子供産んでよね!以上、よね。

別にフェミニストでもなんでもない。

男性の感覚においての普通だけが普通だとされているのではないのかな、と思う。両性に共有できる精神的な、セックスとジェンダーの違いとは同じなのか違うのかわからんけど、そこは平等でもいいのではないかと、そもそも平等ってなに?とも思うけど、さておき、肉体の機能が違うものを平等って、難しいどころの騒ぎじゃないはずで。

だから男性は変われずに、女性は変わることに慣れていって、だからこそ女性は歳とってからいよいよ元気、となるのかもしれん。
男性性は相手を変えようとすること。
女性性は相手を受け容れようとすること。
男性であれ、女性であれ、女性性を意識することが自然と共生する道。

かといって努力でどーとでもなることもいっぱいある。それをやらずして無理、っていうのは男でも女でもない。そも人に非ずってことになるのかもね。

話せばわかるなんてウソ!と養老孟司氏が書いてたけど、よく意味わかってなかったな。話せばわかるという理想を信じて生きてきたけど、どうにもこうにも話が通じない相手はいる。

というか基本他人、というか体が違う以上、感覚も違うんだから仕方ない。音痴ってその人の捉える音を声に置き換えるまでの間のどこかでなんかがおかしなことになってるわけで、努力の範疇でどうにかできることなのかわからん。眼が悪いってこと然り。

諸行無常を解することって、差異を見極めるということ。その上で必要な要素を組み合わせていく。

科学が向かっているのは最小と最大で、新発見というのは、最小と思っていたもの、もしくは最大と思っていたもの、よりも最小なり最大のものが発見されたがために、今まで真ん中と思ってたものが真ん中ではなかった=常識が覆されたとなるわけで。

神道とか仏教とかって、最大と最小はここ、故に真ん中はここである、中道、チーン!ってことなのかも。

その差異を見極める上で超えるべきが男性性なのではないかと。

女性の場合、嫁ぐとか月経とか妊娠出産とか、受け入れざるを得んということが多々あって、それに比べて男性は少ないから、努力でなんとかできる、と精神論に持っていきがちやけど、確かに努力もしないで成功もありえないでしょていうのも正しいけど、努力では如何ともし難いことは受け入れるしかないでしょていうのも正しいわけで。

努力でどうにでもできることと、努力ではどうにもならんことを明確に区分して、どうにでもできることだけに集中すればいいのかもしれん。かといって努力ではどうにもならない部分も切り捨てるのではなくて、それはそれで活かす。

往々にして努力では如何ともし難いことに尽力し、どうにでもできることを疎かにするものだそう。

変えれないことろと変えるべきところ。

変えれないところを変えようとして、変えるべきところを変えない。

変えれないところを変えようとしつつ、変えるべきところも変える。

変えれないところは変えれないと諦め、変えるべきところも変えない。

変えれないところは変えれないと悟り、変えるべきところは変える。

いろいろあるよね。

Sol