At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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明日から

  • DATE : 2012.04.18
  • Cat : Sol

さっき、内装やってくれた、こないだまで、いよいよ今週末に京都・島原オープンする『ヒュッゲ(hygge。デンマーク語らしいのやけど、DMにも読みが書いてない。うちですら、ある人からは延々とソウルさん、と呼ばれ続けているにも関わらず)』、今は、亜里子んちと、マサ(友人整体師)の蓬(ヨモギ)蒸しで(男女問わず)女性ホルモンいっぱい出して老化を防ぐ(老化とは病気の一種らしい。原因は、女性ホルモンの欠如だとか。だから女性の平均年齢の方が高いらしい)治療院の施工をやっていて、それが済んだら今度は加賀・山代のべんがらやさんの改装、をやることになっている堀川クンに教えてもらった(ちなみに堀川クン、加賀市の隣、小松市出身)、

『OK Go』

にしてもアホ過ぎる。けど、このスケール感好き。

今の日本の若者にはこのスケール感はないね、と大概の大人は言うと思うけど、そう言う人たちが首都高作ったんだからね、とは言うておこ。アメリカは最低でも3車線にしときなはれ、と進言したにも関わらず、みんなが車を所有するなんて想像もつかなかったらしく。

うちの親父が、中国やアメリカみたいなどこまで行っても陸、死ぬまでに海を一度も見たことがないという人生だってあったってことを考えると、日本人のスケールの小ささは、ある種の個性、と言っていて、なるほどと思った。

スケールが大きいことがいい、というのは偏見でしかない。スケールが小さい=その範囲においての意識の密度が高いってこと。だから足下よく見たらいい、という話。

画伯に「OK Go」のことを言うと、ジョン・ケージの流れやなと。もう勘弁して欲しい。

アメリカでは現代音楽や現代美術について教育をするからなぁと。日本はしてないからわからんのやと。なるほど。須藤元気も例えに出してはった。

須藤元気『WORLD ORDER』

(ダンス+舞踏+歌謡曲。洋を取り入れながらも、和の動き。1つの動作をゆっくりするということは、それだけ筋肉の動きに意識的である必要があるということ。山海塾、能、ヴィパッサナー然り。単純な繰り返しの中にある、微妙な差異に気付く感性が和の真骨頂かと。)

その画伯と、お水取りの声明の際の法螺貝の音をトラックにしてHipHopの曲作って出そか、とか、半分冗談半分本気で話してたけど、作ってみたら?ワシ作る気ないけど。デモ募集。

五山送り火の際、点火している側から京都の街を見下ろすと一斉にフラッシュがたかれてそれは壮観らしい。現代だからこそ見れる景色。その際、逆に山側から街の景色を撮ってみる。「絆」とかの文字を予め人を配置して、点火の瞬間に一斉にフラッシュ、山から撮影。ここで絆の文字すら撮れませんでしたってことなら、そもそも絆なんてなかったって話よね・・・てな顛末を収めるカメラマンとか。絆崩れのバックには左大文字がドーン。点火、見てみたい。

その目的?

音楽に関していえば、世界へ向けて、奈良時代の日本人は今の人間が失った、動物なら感応してしまう周波数帯で音楽構成をしていた、という暗黙のアピール。うちの犬が一緒に歌い出す曲があって、その音楽の共通項について話したんやけどすぐわかってはった。気持ちいいんやろなと。犬に気持ちいいという概念があるのかどうかわからんけど、勝手に吠えさせられてしまう音。脳に感知させる音ではなく、体に感応させる音。西洋が脳なら、少なくとも日本は体で勝負する。肚を据える。胸を開く。頭は冷静に。何となく、赤、緑、青、なイメージありません?オーラソーマです。笑。

伊達公子、見事。

そういう意味で、この戦い方は日本人というか、武士道というか、小よく大を制す、柔よく剛を制すということのまさに体現。日本人の強さは力ではなく、所詮如何に鍛えたところでも勝てない以上、元々備わっている柔らかさ、繊細さを伸ばすことが肝要。諦めないこと、受け入れた上でそれを利用すること。

『LES TWINS』

双子だからの強みもあるやろうけど、そもそも身体能力が違う、と突き付けられる心地良さ。ここ目指しても勝ちようがない。

仲畑さんは、白洲さんが亡くならはってから骨董と距離ができたらしい。わかる!と言ってくれる人の存在が如何に大きいか。この面白さ、この凄さ、この美しさ、わかる?わかる!という関係性を多くの人と築きたい。

そんなワシの大事な大事な友人の1人、伏見麻佳の『A NEW MORNING』展、明日からです。

アホやろ、と何度言うたことか。ものすごく賢い女性だからこそのアホ。

あきる野時代、足湯に浸かりながら、ナポレオン・ヒルとかの話をされてギョっとしたことがある。ナポレオン・ヒルであろうが、薔薇族であろうが、どっちでもいい。彼女がナポレオン・ヒルって。当時でいうところの、パープルとか読んでそうな。まさか。

こんなもん創ってるのに。

たまに嫉妬する。

うちの嫁とか、山田かおりとか、Karcoとか、わからん領域へ行ってはる時があって、そんな時はそっとしておくけど、そこから持ち帰ってきたものはやっぱりわからんくて、本人にもわかってないらしく、全くもってトンチンカンなはずなのに、かわいい。かわいさがわからないんじゃなくて、なんかわからんけどかわいい。理屈はええねんって世界。大事なことは言葉にならない。

だからカタチにし、歌い、踊る。個性は言論で表現できるはずがない。言うも聞くも、書くも読むも、そこがわかるからこそ通じるんであって、個性的な言論述べても、誰もわからなけりゃそんな個性意味がない、となる。だから福澤諭吉は「猿でもわかるように書け」と書いたんやと思うけど、それは猿にはわかるまい。猿レベルの人にわかるように書くほど難しいことはないはずで。養老孟司氏は、猿にはわからんでしょ、という書き方やから癪に障る人も多いみたいで。勇気いるよねと思う。肚が坐ってる。喋れるお坊さんみたいな人やった、2度講演聞かせてもらっての思い。

一方、佐治先生は優しい。14歳のための、ですもん。でもあれ14歳にわかるのやろうか。そこだけ14歳に戻りたい。その頃に読んでたら、また違った人生やったんやろうけど、そうじゃない今も楽しいからいいとする。

そんな佐治先生のお話し、ここに能楽堂!?という能楽堂の主、河村純子さんの、京都!というお喋り、というか、口上なのか、「日本人にもっと日本のこと知って欲しいと思ってます」との一声で、今回が実現したと言っても過言ではない『THE ZEN KAI vol.3』、もうそろそろ定員です。

そんなこんなで明日から、『A NEW MORNING』展始まります。

ようやくこなれてきたチキンカレーも明日復活します。

素敵な明日が訪れますように、これからディスプレイをやるとします。

Sol