At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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能動的な自信

  • DATE : 2012.04.02
  • Cat : Sol

昨日、高校の同級生が来てくれた。20年振りの再会。にもかかわらず、懐かしいとかっていう感傷はなかった。久しぶり、でもなくて、なぜ今再び?という思い。同級生としては、うちに来ることも目的の1つとしてあったやろうけど、こっちにしてみたら突如の来訪なわけで、しかもたまたまいたけど、いなかったら会えてなかったわけで。別に基本お店にいてるわけやから、来てもらえれば会って話すってことは普通のことではあるのやけど、なんかそれが当たり前のこととも思えなかったりもする。初めてお会いして意気投合ってこともあるけど、20年振りに再会して意気投合ってのも、縁を感じる。出会いの凄さを日々体感。

で、3時間くらい話した、といってもワシが一人で喋ってたわけやけど、なにをかといえば、オーラソーマという、カラーセラピーのようなシステムがあって、それでカウンセリングというか、正式にはコンサルテーションと呼ぶのやけど、その資格を有しておりまして、かつてよくそれを受けてた時、悩みというか相談には大きく分けて3つ、ということに気付いたのやけど、それに基づいての話。

3つとは、恋愛、仕事、お金。仕事とお金とそれに関わる人間関係はセットやったりするけど。往々にして相談の内容とは、こういうことがしてみたい、けど、時間・お金がないから、不安だから、できない、けど、やりたい、どうすればいいですか?的なもの。恋愛に置き換えれば、好きな人がいるけど、相手の気持ちがわからなくて前に進めない、けど進みたい、みたいな。

ま、そういうのってわかります、けど、同時にイラっともするね。

時間やお金がないのなら作るしかないし、不安だから進まないのは自分の選択でしかなくて、不安でも進むという選択肢もあるのに、見ようとはしない。ここで勘違いがあるとすれば、不安を嫌がって避けることを繰り返していく中で、いずれ不安を感じないようになり、そうなれば前に進める、という思い、だと思う。敢えて言い切るけど、そんなことはあり得ない。

不安には2種類あると思ってる。特に女性の場合、月経によって精神的に不安定になることが多いようやけど、それはもう避けれない話で、時が過ぎるのを待つしかない。これはもう体や自然のサイクルによるもので、また来たか、いらっしゃい状態になるしかない。もう1種は、新たにことを始めようとする際につきまとう不安。これって生体反応というか、生きていく上で危機を回避しようとする潜在的な働きによるものである以上、なくなれば危なくてしようがないということになるわけで。

かつて、1人旅は不安じゃないの?と聞かれたことがあって、答えに窮したことがある。今となっては、1人旅をする際に「不安」ということを考慮に入れて旅の計画を練るなんてことはない、けど、不安があるかないかといえば、ある。そして、旅の最中に不安に襲われることも、当然ある。でもそれ以上に得れる新たな経験の方が圧倒的なので、不安?だからなに?って感じ。

そんな話をすると、今度返ってくる答えとして、それはアナタだからできることであって、自分には才能がないから無理、というような。要は自信がないらしい。そこで改めて聞く。自信ってなに?

人に認められて評価されること、目に見える実績を残すこと、それが自信となるらしい。でも他者からの評価も、実績もないに等しい自分は、ダメだ、となるみたいで。それならそれで、真剣に、人を認めさればいいし、実績残せばいいし。結局そこまで真剣じゃないんじゃないの?という結論に至る。

でも、そういってしまえば元も子もないわけで、というよりも、人を認めさせるとか実績うんぬんの前に、字をよく見てみて下さい、というのやけど、自信って自分を信じると書くわけで、人が自分を認めてくれたから自信になる、というのは、意味が通じないでしょ、と。ではその信じるべき自分というのを知ってますか?という話。自分がなにに魅かれ、なにを生理的に受け付けず、なにを食すれば体が喜んで、どんなサイクルで生活することが心地いいのか、等々を理解してますか?同時に、この日本という国に生まれて、その遺伝子を引き継いだ以上、この肉体には、脈々と自分にまで至る記憶があって、ただそれを忘れてしまってるんじゃないですか?と。

祖父が大正初期生まれで、その父となれば明治、その父は慶応とかの時代に生きたはずで、所詮日本人が肉を食いだした歴史なんてたかがしれてて、にもかかわらず、戦後急激な変化を果たしたわけで、その結果、どれだけ病気が蔓延してんのよ?ってなってるんではないの?とか思えてしまう。住環境においても然り。

よくよく引用するけど、マザー・テレサの言葉。

「愛の反対は憎しみではなく、無関心です」

ということは、無関心の反対が愛である、ということは、愛とは関心を持つこと、となる。

実際、憎しみを抱かれるのもしんどいけど、それ以上に無視の方が堪えるのは確か。

関心がないから、関心がありません。それがまかり通ってるけど、もちろんそれも選択肢としてある以上、別にお好きにどうぞ、と思うけど、でもその選択をした以上、幸せになりたいと思うのは、無理がある。そもそも幸せになりたいと思うってことは、今、幸せではありませんという宣言をしているわけで、幸せを味わえてない、なんなら不幸のオーラ発しておいて、人から興味持たれたいってそんなこと成り立たんでしょ。

関心がないことにどう関心を持つのか。

例えばバッハはすごい、ダ・ヴィンチはすごい、とされていて、だからこそルーブル美術館のモナリザの前は黒山の人だかりなわけで、ただその内何人が、なにがすごいのか、を感じようとしてるのか、謎。すごいからすごい、してはいけないからしない、流行ってるからやる=関心ないから関心ない。

バッハすごいっすよねって言われて、なにをすごいと思う?と聞いたら、え?すごいじゃないですか!って言われても、なんの話?と思ってしまう。大麻は絶対にダメ、とかね。もうちょっと関心持ってみてはどう?と思う。そこにある歴史や文化を知ろうとしない、自分でちゃんと理解しようとする姿勢の欠如=愛の欠如ってことなわけで。

ということは先ず、自分が好きなもの、したいこと、自分のリズム、そんな自身のことに対して、ちゃんと関心を持つこと。自分への関心の薄さが、自分への愛情の薄さなわけで、自分に関心が薄い以上、他者も同じくらいしか興味を抱いてくれないのは当然の話で。

自分への関心の低さ、愛の欠如があるからこそ、他者からの愛を欲するわけで。で、付き合うとかなった途端、相手を満たす義務=相手から満たしてもらう権利が発生するかのような。ではなくて、先ずは自分で満たせ、と思う。

自分とのコミットが深まれば、自ずとその奥にあるものともコミットしていくことになる。その奥とはなにか。それは自分に対しての関心を持ち、その自分を信じることで、観えてくるもんだと思う。

そういう意味で自信って、人から持たされる受動的なものではなくて、自分を疑わない、信じようとする能動的な心があってこそ。能動的に自分を信じることができたからこそ、他者も信用し認めてくれ、実績にも繋がっていくのであって、自分を疑うからこそ他者からも信じられず、確信がないからこそ実績も残せないという結果に至るわけで。

自分に関心を持ち、自分のルーツに関心を持つこと。

関心って、心に関わると書く以上、表面的なことではなく、あくまで心に関わっていくってことよね。

Sol