At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

611!

  • DATE : 2011.06.11
  • Cat : Sol

高円寺のデモがマスコミからほぼスルーされた頃、どうしたら拡がるのか、グダグダ言ってても仕方ない、こうなりゃ全国一斉にやるしかないよね!との仙台の人との夢物語が、あっちこっちでの夢物語と繋がって、国内だけでなく、世界のあっちこっちでもデモやピースウォークが行われる模様。
611脱原発100万人アクション
そして京都は、
『LIFE FOR LOVE』京都
更に夜の部は、
『THE ZEN KAI』vol.1@妙心寺山内東林院 18:15-MobileLABO.にて中継!
東林院は、沙羅双樹で有名な塔頭。山名氏菩提寺。本尊・観世音菩薩。ご住職は西川玄房氏。宿坊と精進料理の教室も。
住職自ら創られた梵灯を庭に並べ、薄明かりで朝に咲いて夜に散る沙羅双樹を愛でる夜。
祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。
猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。
厳しい。
天網恢々、疎にして漏らさず。
今一度、諸行無常とはどういうことか、心静かに吾の心(悟)を深く深く観ていく時間を持ちましょう。
ご参加下さる方で数珠をお持ちの方はご持参下さい。宗派は問いません。受付にて蓮華寺住職・羽賀和尚からのメッセージと「把手共行」と共に般若心経をお渡しします。
声に出さずとも、目で追う行為で充分です。また雲水さん達による読経は、素晴らしい音楽です。
鎮魂と供養と黙祷を。
「食」とは「人」に「良」いと書く。
人に良いものを口にし、身体にしていく行為。

人に良いものを目にし、想像を膨らます行為。

人に良いものを耳にし、心落ち着ける行為。

人に良いものを香り、心開く行為。

人に良いものに触れ、健やかさを保つ行為。


糠漬けと梅干しと豆腐と若布の味噌汁に米食べて、星を見上げて、風の音を聴いて、太陽の匂いを嗅いで、肯定的な言葉を口にする。別に街中でもできること。

自然に育まれたものに囲まれる時間。

食材にしても、建材にしても、身に着けるものにしても、自然によって育まれたもの、自然にしか創ることのできないものを採り入れてみること。

現在、人工的なもの、いわゆる不自然なものに囲まれた生活をしている人がすごく多い気がする。不自然なものに囲まれることで、自然治癒力も低下する。

そして五感をそれぞれ切り分ける。

なんの話だか、と思う方は以前のコレを。

『可聴・不可聴・可視・不可視』

要は、白隠の公案『隻手の音声』。

いわゆる口で食べる行為は味覚のみ、しかもそれは口が美味しく感じるものでの構成。良薬は口に苦し、は好まれないらしい。また、器やインテリアはお留守になってたりして。人間、目でも耳でも味わうものだと思うのです。

人間は自然の産物であると同時に、意識も有してる。

命を頂くことでしか生きてはいけず、社会を構築するために人工物も必要となる。

そうなると、デザインの役割は、自然との共生=調和させる力なのかもしれない。またアートは、人智による自然の再現=五感を超えて光と色と香りが一体となった世界=音楽、彫刻、絵
画、写真、映画、建築、造園、料理、陶芸ってことかもしれない。

最近、そう思った。

どんなに虱潰しに探してもこの物理次元の物質には差異しかない。機械が作った大量生産の工業製品であっても同じものはない。同じという概念は頭の中にしか存在しない。同じものを見ようとするから排他する。違いを視ることで共通性を見出す。差別の根源はそこにあると思ってる。

日本では紫が最高位を表す色とされた。可視光線や虹では1番外側が紫、可視光線の中で周波数が1番高いのも紫。周波数が高いとは繊細だということ。逆に言えば、繊細であるから高い意識と繋がれる。繊細さとは穏やかで静かであるということ。静謐な心でより繊細に世の中の差異を視る意識。また意識が高いってことは繊細ってことと同時に傷付きやすいってこと。傷付くことも幸せの一部だと、そろそろ覚悟する必要があるのかも。同時に、「傷付く」ことと「嫌がる」ことは、別のものだと気付くこと。「傷付くの嫌っ」って、少し乱暴。傷付くことは事象や感覚で、嫌がることは感情。なら傷付くことを楽しみにまで思う必要はないけど、あ、傷付いてるなと思えればいいのかもしれない。


本日は勝手乍ら、臨時休業とさせて頂きます。

明日、6/12(Sun)は通常営業の予定です。

ご理解の程、お願い致します。

Sol