なにを信じていいんだか
- DATE : 2009.01.16
- Cat : chezの独り言
正月気分を味わった記憶はないのに、未だ正月気分が抜けず、怠惰な日々を送っております。
年末年始の録画の消費をする日々。
たけし絡みの番組はオモロい。
最近一番好きなのは、久米宏のテレビってヤツは、みたいなやつ。
こないだ友人が、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』だったかな本がめちゃオモロかったし、好きやろうから是非!と、普段クールな彼には珍しく熱いメールだったので、ついでの時に買ってみた。
オモロい。
MMLあたりにも読んで欲しい。
好きかどうか・・・。
こーいうの好きそうなイメージなのかね?
でもまぁ、年末の東條英機のドラマはオモロかったけど。
知らなかったのではなくて、知ろうとしなかった、みたいなセリフにドキっとした。
なんで無意識にマイノリティを否定してしまうのか?と思う。
否定しようがしまいが、存在するものはする、にも関わらず、気付けば否定してる、目を背けてる、そんな自分がいたりする。
友人に、ええ人できてん、と告白されたのやけど、どんな人か。嫁子供3人付き、そして友人には彼がいて、彼とええ人は仕事仲間。友人自ら、昼ドラみたいになってんねん、と言うも、笑いごとではなく、その翌日、ええ人の実兄の嫁という女性から電話、明日の12:00に都内某ホテルにお越し頂けますかしら?と言われ、ガン凹み、ええ人はと言えば、実父に呼び出され、こってり叱られたらしい、どれだけ下手やねん?と。そして、展開早過ぎるやろ、と。横で忍び哭く母。
こんな設定で小説を書こうかと思っている。もちろんフィクション。ドタバタ悲喜劇、浪花節と粋の融合、幽玄と拉鬼の・・・なんの話?
幽玄と言えば、侘び寂び。寂しさも美意識ってこと?そんな薄っぺらいことではない?どーであれ、ワシは寂しさも美意識の一つと思っている。
寂しい~なんて言ってないで、その思いをそのまま形にしたら、奥床しい世界が創れるんじゃないかと思うんですが、どんなもんでしょ?