At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

オメデトー!

オカンが62歳になりました。まだ親孝行するほどの余裕はないので、今しばらく長生きして下さい。

それとは別に、アメリカ新大統領。
オバマとマケイン、民主党と共和党、その政策の違いなんぞ全く知らんけど、とにかく気になってたのは、オバマが黒人ってこと。そのオバマが大統領に!ホンマにオメデトーって思う。暗殺なんて囁かれるけど、どうにか長生きして下さい。
ワシもマイノリティの端くれ、差別される側の人が頑張ってるのを応援したくもなります。

黒人が市民権を得たと言えど、未だ差別意識が根深いアメリカが、それを乗り越えて黒人候補を大統領に選んだってのはすごいことやと思う。それだけ変えたい!って意識と期待の表れか。超~一般論・・・。
ワシは日本に生まれて日本に育ったから、白人の黒人に対する差別がどんなもんか、肌ではわからん。ただ以前TVで、綾戸智絵が、アート・ブレイキー(黒人のジャズドラマー)は日本が好きやと言うてたと言うてて、その理由は、日本では人種関係なく、単純に偉大なドラマーとして扱ってくれる、でもアメリカではやっぱり黒人としてしか扱われない、だから日本が好きなんやと。もちろん日本人がミーハーなだけって風にも取れるけど、やっぱりどんな結果を残そうが、黒人というだけで評価をしないアメリカって国の差別意識の強さが伺い知れる話やと思う。

ブロークバック・マウンテンって映画がある。それはゲイを取り上げた映画なんやけど、時代はあったにせよ、それが世間に知られると殺される、そのリスクを負ってまで貫く愛、みたいな話。いい映画やったとは思うけど、正直、共感できない部分もあった。そのことはその当時連載してたrelaxのコラムでも書いたけど、だって、日本では差別はあったにせよ過去においても殺すまではいかんかった気がするから。
村八分って言葉がある。どんな嫌なヤツでも村の付き合いのうち、八分は相手にしない、でも二分だけは面倒を見るという意味。その二分とは、火事と葬式、そこだけは助けるってわけ。そこに日本人の奥床しさを感じる。白か黒かではなく、グレーを残すという文化。そういう意味でアメリカは、白か黒か、そのいずれかしかないってことなんやろうと思う。ただ現在は残念ながら日本もアメリカ化してきてる気がする。

アメリカの場合、どっちかを正しいとしたら、他方を徹底的に、命まで奪うってどうかと思うけど、でもだからこそキング牧師で、ゲイリブで、ウーマンリブで、弱者の、マイノリティの権利の主張があれだけ強く叫ばれるのやとも思う。
その点日本は、アメリカ化してきてるとはいえ、マイノリティに対しての抑圧がそこまで強くないから、権利の主張もなんだか暖簾に腕押し、肩透かし、に終わる。堂々と、ではなく、なんだかいじけて生きていく、そんな風に収まってしまってるんじゃないかと思う。
どっちがいいのかはわからない。ただ両者に共通することは、違いはあったにせよ差別が存在してるということ。多数派を正しいとする、それはそれでいい。だからといって少数派が間違ってるということにはならない。間違いがあるとするなら、多数派だけを正しいとする、それが最大の間違いなんやと思う。明らかに偏ってるもん。そう、それが偏見。差別は偏見から生ずる。もちろん、偏見のない人間なんていないと思う、ワシ含め。ただ偏見を持っていると自身が認めない限り、偏見はなくなりようがない。

誰であれマイノリティの部分を持ってるはず。きっとそれをコンプレックスと呼ぶ。そして実は、それこそが最大の個性。それならば、それが自分ですと、認めてもらうことを持つのではなく、認めさせる勇気を持って堂々と生きればいい。きっといつまで待っても認めてはもらえない。だって、その立場を味わったことがない以上、同情はできたとしても、最終的には理解のしようがないもん。理解できないものを認めようがない。ただ理解という意味で認められることはないまでも、その存在を認めさせることは、不可能ではない。だからこそ自分は自分ですって、自分で言うしかない。
世の中が変わるのを待つのではなく、自分で世の中を変えていくしかない。
逆を言えば、自分が変われば、少なからず世の中も変わる。

オバマの任期中にアメリカが、世界が、変わるとは到底思えないし、思わない。ただ、彼の命を賭した行為は、長い目で見れば確実に世界が変わる切っ掛けの1つであることは、間違いないと思う。

いい加減、数の多いや少ないやで、正しいやの間違えてるやの言うの、やめません?
そんなん結果でしかないもん。よっぽど物好きでもない限り、好き好んで少数派の立場を選んだりはしないでしょ。結果そうでしかなかったものを良いやの悪いやの言うことに何の意味がある?
黒人に生まれたのも、ゲイに生まれたのも、女に生まれたのも、本人の意思とは関係がない。生まれて気付けばそうでしかなかっただけ。それ、なんか間違えてますか?