At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

町内会、なのです

正しくは、お日待ち、という名の寄り合いでした、今夜。
どうも年一回、男性だけが集まって、収穫お疲れ様~的な集まりみたい。
関西にもそんなんあんのかな?とにかく初めて聞きました。

この辺りは小嶺さんという家が多くて、なので地元民はみんな下の名前で呼び合うという暗黙の了解、でもこっちはなんとなく顔と名字で覚えてる状態、言うなれば、この顔の小嶺さん、違う顔の小嶺さん、ってな感じ、やったので、もう誰が誰だか。とにかくケンジさんはどの顔の小嶺さんで、家の場所は?なんてごく初歩的なことから聞いて、鬱陶しがられる始末。
ふんだんな料理と、飲み切れんお酒。新参者で最年少のワシは、小間使いさせられながらも、飲め飲めと。イジメ?いやいや、可愛がられたと思ってますけど?

うちの親父と同世代が大多数で、長老級が数人、30代なんてワシ含め2-3人程度。お酌して回りながらいろいろお話、伺いました。
職業もいろいろで、理容師、消防士、警察官なんかも。警察官なんてプライベートで話すことないやん?ここぞとばかり、話しましたさ。なんかええこと言うてはった気がする。でもその時は既に泥酔・・・。

酔ってない時の記憶でしかないけど、聞いた話を総合すると、
「いただきます、とは、命をいただくということ。感謝を忘れてはならない」
とか、
「草がボーボーになるのは、それだけ土が元気ってこと」
とか。
総合してないな、全然・・・。

感謝。ワシらの世代は、親父ら世代、言うなれば戦中戦後、食うものに困った時代を味わわざるを得なかったのに比べて、困ったことがない、だから食べれることに本質的に感謝をしてないと思う。ただ、田舎に来たことで不便さを知った、だから便利さがありがたいことやと今、感謝しようとするのではなく、感謝できてることに驚く。
そして、命をいただく、そんな風に思えてるかどうか。化学調味料は化学やから、そこに命はない。もちろんそれを開発した人に対する感謝はすべきかもしれんけど、でももしかすると、己の利益のために、人の健康を害しても平気っていう思いから生じたことであるのなら、そこに感謝もおかしな話。ちゃんと元気な命をいただく、それが自分の命になる。命ないものが命を繋げるかどうかは疑問。ちゃんと元気な命を意識的に選択することで、感謝できるのかもしれない。最終的に感謝とは、するものではなく、してしまうものでなければならないと思う。頭でするのではなく、心からそう思えるということ。病気になって初めて健康の有り難みがわかるってことと同じで。もちろん、しないよりする方がよっぽどいいに決まってるけど。だから今、食べ物に関することを生業にしてるのかもしれない。

草。さすがに畑を耕してる人は、いいことを言う。当たり前のこと?もちろん当たり前のことやけど、言われるまで気付かなかったりしませんか?虫がいっぱい出るってことは、それだけ緑豊かで空気が澄んでてってことなんやろうし。環境が人間に及ぼす影響は大きいはず。草が育つ土、虫が住む空気、そんな環境が人間にとってもいいに決まってる。でもそこに人間の感情としては、面倒臭さや気持ち悪さを持ってしまうもの。その矛盾の折り合いは、自分の内で決着をつけるしかない。だから住む環境にもこだわりたいのかもしれない。
結局は生活ってなにかってことになる。
生活って、生きる・活かすということ。
何が大事か。

そんな話をしてるうちに、どうやら畑貸してもらえそうな雰囲気に。
ウホーっ。

田舎のオッサンが酒飲んでカラオケで大騒ぎ、でもその中にすごく大事なことが潜んでました。