At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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人の生き様

ごっついタイトル。
いや、こないだから、桃井かおり、宮崎駿、エドはるみ、オスカー・シンドラーと立て続けにその考え方、やり方、生き方に触れて、いろいろ思うことがあったので。

桃井かおりの、現場に私を嫌いな人がいても関係ない。人に好かれるために現場に来てる人っていっぱいいるけど、そうではなくって、作品をどうにかもっと面白くしたい、努力すれば面白くできる、もっと作りたいよねって言葉。
人間やもん、嫌われて平気なはずはないと思うけど、それ以上に重要なことがあるから、関係なくなるってことやろな。現場の空気が最悪なのにいい作品はできるのか?って話やけど、単なるわがままではなく、いい作品を作るという意識を共有するために一時的に空気が悪くなっても、それも関係ないってことやと思う。仲良し空気をキープした結果、中途半端な仕上がりでしかなかったら、次はない。

宮崎駿の、人を楽しませたいって言葉。そうすることで自分の存在意義を見出してる部分があるとも言ってたけど、どうであれ、そのことを常に念頭に置いてなにかをできれば、大概のことは上手くいく気がする。
実は、普段から楽しませてもらおうとしてる人を楽しませることより、楽しませようと思ってる人を楽しませることの方が難しいと思ってる。もちろん難しい分、後者の方が断然、オモロいと、個人的には思ってる。
これ、騙す騙されるの関係に似てると思う。こないだの取材の時に、少なからず騙す方が騙される方より一枚上手やと思うと話してたら、編集の方が、騙す方が努力してると言われてて、そりゃそうだと思った。もちろん騙すのはあかんよ、オバンの世代なんて、洗濯板で洗濯して、薪でご飯炊いてたのが、ボタン1コ押すだけで終わりな激変、そもそもの仕組みを理解する前にまた新しいものが出ての繰り返しやったやろうから、よーわからん間に騙されてしまったってこともあると思う、そこにつけ込むイヤラシさはホンマに最低やと思う、けど、例えば、なんでそうしたん?と聞いた時に、誰かにそうするもんだと言われたからって答えれてしまうってのは、思考停止を起こしてるってことやもん。それ、自分で確かめる努力を怠ってるってことでしかない、という意味。
そして、楽しませてもらおうとすればするほど、お金はいくらあっても足りなくなる。

エドはるみの、仕事に集中するために、恋愛を封印したって言葉。これ、割と耳が痛い。二兎追う者は一兎も獲ず。美しいってことを追求しだすと、際限なくなるから。どっかで割り切りが必要ってことなのか?
これは自分の中でしばらく保留。商業空間ならまだ範囲が限定されるけど、住空間ってそれこそ際限ないからねぇ。

オスカ・シンドラー。っても、シンドラーのリストを今更見ただけやねんけど。所詮映画、美化されてる部分もあるとは思う、けど、生き証人もいてるわけやしね。どーであれすごいと思った。
単純に行為だけを見れば、賄賂は渡すし、いっぱい嘘はつくし、やけど、でも戦争っていう大きな嘘の前やもん、そこに突っ込む人っていてないでしょ。そう思うと、嘘をつくことが絶対にダメって決めつけることは、どこかに矛盾をきたすことになる気がする。それは嘘だけに限らずやけど。
それにしても、ホンマにこんな人がいたのかってただただ驚いた。今平和ボケで、目の前でバンバン人が殺されるような状況に身を置いてるわけやないので、ようわからん部分も多々あるけど、かといって、仮にそんな状況になったとしても同じような行動は取れないやろな。人の命をどう救うのか?なんてそもそも考えてないし・・・。ただただそんな状況が訪れないことを願うのみ。
そう思うと今ってどんだけ平和で幸せかってことを思う。もちろん、今でもいろんな問題はあるけど、それは社会的にみてもそうやし、個人的にもそうやろうし、でもとりあえず寝るとこもあって、食べていけてるわけやもん。
ワシらって、戦争も知らんし、短期的、個人的は別にして、基本的に食うに困ったこともないから、今の状況に感謝することができない。既にベースがあって、それを当たり前と思ってしまってる。それはある意味仕方ない。それなら、今ある問題をどうしたら解消できるのか、どうしたらもっと面白くできるのか、を考えてみることが必要な気がする。それは便利にしようとすることとは少し違う。便利になった分、更に怠惰になったことは否めないわけやから。
人を楽しませようとする行為は、きっと怠惰の対極にある気がする。楽しいと楽。同じ字を使うけど、全く別のことを指してる気がする。
楽って、できるだけ動きたくないって感じ。楽しさを味わうためには基本動かないとダメやもんね。
驚きや、面白さを味わいたいと思う。それがないと人生退屈してしまう。そうなら、待ってないで、自分から与えることをすれば、もっと面白くしよう、人を楽しませようとみんなが思えれば、世の中素敵になると思いません?
なんてことをもう一度、自分に言い聞かせようと思ったのでした。