At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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物の値段

昼間、過去の録画を整理してたら、武と美輪さんの、昭和の物語的な番組があったので、何度目かの視聴。
天皇って誰なんやろ?
さておき、松下幸之助VS中内功のくだりがオモロいのです。
水道哲学と価格破壊。
片や、道端の水道から水が溢れてるように、家電を溢れさせて皆が持てるように努力し、作り手、売り手、買い手の全てが幸せになれるように、片や、価格を決めるのは売り手と買い手、特に買い手にとって手を出しやすい価格に設定することを主眼においた。
今や水もタダではない、というようなくだらないことはおいといて、買い手にとっての価格設定をすれば、その歪みは、作り手の負担とならざるを得ない。
安く買いたい、ということは、安く作らなければならないということ。
誰もが消費者である反面、誰もが生産者もしくは、それに携わって生きてるはずで、例外は公務員くらいなもんで。その例外の人達が法律作るんやから、話がおかしくなってるけど、今回はそこではなく。
いいものが安く買えればいいけど、安いもんを安く買っても、ねぇ。いいものは時間も手間もコストもかかってるハズやのに、安いが席巻すると、いいものが売れなくなって、ペラペラになってるのが今、じゃないのかなー。
人間誰しも満足したいもんやと思ってる。本当はこの材料使いたいのに、それではコストが合わないから、質のよくないものを使わざるを得ない、そんな状態で満足のいくものは作れないと思う。満足がいってないということは、そこに気が通わないってことちゃうかな。気なんて見えない、けど、厳然と気は存在してると思う。気持ちいい、気を遣う、気を張る、等々。仮に気を信じない、気を否定するならば、その言葉を使う権利は有さない。
気の通わないものと気が通ったもの。
その両者の違いは、気の問題だけに目では認識できないとは思うけど、ある。
人間が食べるという行為は食物を口で摂ることだけではないらしい。聴くもの、観るもの、嗅ぐもの、触る触れるもの、それぞれも摂ることになるらしい。
安いものが悪いとは言わないけど、気の通ってないものに囲まれた生活って味気ない気がする。特に食品に至っては、顕著な気がする。あるがままの状態で育った野菜や家畜と、強制抑制されて育った物達。
安く買うのは収入が少ないから、であるのなら、どうすれば収入を増やせるのか、を考えるべきで、それは仕方ないと諦めることではない。
実際、耐震偽装、食品偽装、使い回し等々、今に始まった話ではないことやろうけど、どうにもおかしいということがどんどん表に出てきてて、それはどーかと思うという思いとは別に、表出することはいいことな気もしてる。
そろそろ安いがいいというのを改める必要があるのではないのか。
無駄に高いものもあるにはあるけど、それは、人間の心理を利用してるだけってことで、そんなもんに騙される必要はないわけで。

見え掛かりよりも、心に価値がつく世の中であって欲しいと思うのです。
便利さの対義語が丁寧さだとは思わないけど、便利な方へと流されて丁寧さを発揮できていないのが今なのではないのかなと思うのです。
便利さが駄目だとも思わないし、すべてに丁寧である必要もないけど、言うは易し、行うは難し。流れがどうであれ、踏みとどまれるのは自分でしかない。流れが変わるのを待つのではなく、自分が違う流れを作るからこそ、新たな流れができるだけの話。
そろそろ他人事ではなく、自分のこととして、考えてみません?