At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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90度!

朝、伊勢に住む友人から、大量の栄螺(サザエね)が届いて、carta夫妻は即ガン食い。起き抜けに、栄螺食う?って言われても、ちょっと無理っすとしか言えないですけど。あんなもん、朝から食える神経が謎。ま、それはワシの感覚でしかないけど。
さぁそこから『Floor』時代に戻って、飲食店で起こる出来事の対処の仕方についての大討論会。それこそ寝起きにする話じゃないやろって言われても、それはワシ的にありなわけです。
パブリックに対しての捉え方のズレが気になるのは、吉祥寺でも盛岡でも関係なく、やっぱりあるみたい。お店の備品はお店のものやのに、私物化できる人の多さにはやっぱ辟易してたもん。皺いくようなめくり方で本を扱う人達。自分の本でもそうするのか、そもそも本は買わないから、その感覚がわからないのか、自分の本じゃないからそうできるのか、わからないけど、どうであれ、物は丁寧に扱いましょうねって、小学校で習いました、ワシは。小学校は義務教育。
派生すれば、本屋で平積みの雑誌コーナーで、その雑誌(商品やで)の上に、自分のヴィトンの鞄を置いて立ち読みする女、敢えて女と言うけど、あれはなんなんかね?を考えれば、自分のものは大事やけど、人のもんはどーでもいいっていう感覚な気がする。
そんなに汚したくない鞄なら、神棚にでも飾っておけばいいのに。
あーちょっと思い出してイラっとしてる、ワシ。
写真も然り。断りもなく、バシャバシャ撮りまくる無神経さにイラっとしたことも多々。ま、ご存知の通り?ワシの性格的にはイラっとしつつ黙ってられるはずもなく、やめてって言うてたけど、その言い方が難しくて、険悪なムードになってしまってて、悶々としてたのやけど、cartaのお客さんで近所の料亭の女将が、cartaで写真撮りまくるお客さんに対して、
「減るからやめなさい」
って言いなさいって言われたって話をしてくれて、なるほどと思った。
それこそが智慧やなと思ったのです。
駄目って正面切って言うのではなく、減るってなにが?みたいな、相手に考えさせる猶予を与える物言い。
180度向き合うから険悪になるのであって、90度から投げかけるやり方の妙。
スゲェって思った。
写真撮ってもその対象物のなにかが減るわけでもない。でもその減るって表現の含む意味合いを、日本人の多くは理解できると信じたい。
そんな物言いをもっともっと学ばないとなーって思ったのです。
ちょっと話は逸れるけど、養老孟司氏が著作で、夫婦は90度がいいって書いてて、なるほど!と思ったことがある。180度で向き合うと、お互い見てるものが違うから、長い時間そうしてると、話が噛み合なくなるのだ、的なことだったと思う。だから90度に座るのがいいと。

お店やってる人間と、お客である人々とは、それぞれの立場が違うのは当然。だからといって、お客が偉いわけでも、お店が正しいわけでもない。180度からぶつかるのではなく、お互いが90度ずつ歩み寄れれば、気持ちよく過ごせるのに、と思う。
どうも世の中、金払う方が偉いってことになってるからね。気遣いは金には換算できんから、当たり前にタダだと思う気持ちもわかるけど、それこそ減ると同じこと。
そこにお互い感謝の気持ちがあれば素敵なのにって思ったりするのです。