At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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いっぱいのヒント

ちょっと角田さんの事務所へ遊びに。
二郎さんが手掛けた内装。
いい物はいい、ただそれだけのことが、新しく写る不思議。
角田さんにお会いしての数週間、怒濤のように目紛しく、今日会うのも何度目かではあるけど、腰据えて話し込むのは初めて。
実は会ってはなかったけど、『HOME』って雑誌で連載してた時のADが角田さんで、そもそも縁はあったようなんだけど、会うタイミングは今やったってこと、なんやろね。きっと当時会ってても、こっちが若過ぎて、話が合わないってことになってたんやろうと思う。
会うべく人とは会うべき時に会うもんやと、改めて思う。
全ては必然。その通りな気がするけど、それは実体験が伴ってないと言葉遊びに終わる。未だわからん、そんなこと。言い切れるほど、まだ人間ができてない。やっぱ自分にとって嫌なことは、嫌やもん。それすら必然って言われても、愚痴の一つも言いたくなるって。その気持ちを抑えつつ、でも必然と言えるまで、もう少し時間を下さい、って感じかな、今は。違うかな、嫌っていう気持ちすら超越して、きっとエゴの正体を見極めた時、必然って思うまでもなく、ただただ起こったことと捉えれる心持ちになってるんやろな。訪れるのか?そんな日が。都合のいいことだけを必然っていうのは、それこそ虫が良過ぎる。

ホント、この人、面白い。
博識で、博学で、でも薄っぺらではなくて。
ある友人に、
「書かないとって思ってるうちは書くべきではない。書きたいと思った時が、書くべき時」
と言われて、その通りと思いつつ、その違いがよくわからなかったのです、実は。
でも角田さんと話してて、自分を曝すことは怖いことだと、それを超えれるかどうかだと、気付かせてもらったのです。今まで、怖くなくなるのを待ってたんやなって気付いたというか。
ある側面に関しては、当たり前にそうしてきたけど、この人生でこれほど怖いと思ったことは、かつてない、ということは、これこそがすべきことだということだと思ったのです。
ようやく見つかった、すべきことな気がします。
もちろんそれは誰かによって強制されたものではなく、自分自身が選択すべきことでしかなくて、やる必要なんてどこにもないけど、それをせずに死ぬことでの後悔は大きいと思う、という意味。

今の世の中の常識は、実は非常識なことが多過ぎるのではないのか。
変化を怖れるのが人であったとしても、否応なく変化しかないのだから、それは感情論として置いておいて、変化を受け入れることでしか、本当の安心は生まれないのではないか。如何に変化を怖れようが、個人的な願いとは裏腹に、同じなんてことはあり得ないのだから、そこに安心や安定を求めてるだけ、失意が生じるだけだと。
それが間違っているというのではなくって、前提がズレてるってだけのこと。要はそれに気付けるか、が大事ってこと。
かれこれ5時間。あっという間。

一緒に旅行に行こうって誘って頂いて、嬉しかったのです。
弱気になる自分を鼓舞できるのは、自分でしかない。
ありがとうございました。