At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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まるで別世界?

松潤にも飽きたので、美容院へ。
いや、結果論やで?
松潤みたいにして~なんてオーダー、恥ずかしくてできひんやん。
そんな話はどうでもいい。

悦子さんに紹介してもらって初めて行った美容院。サロンって言うの?最近は。知らんけど。なんか1人でやってて、自宅の一部をサロン化してて。そういうの、気負いがなくて、素敵。
で、その美容師のカレがスケーターだったわけです。
すけいたぁ。
その存在は知ってたけど、不思議と自分の周りにはいない。幼い時から、現在に至るまで、いなかった、謎な存在。でも決して嫌いではない、そのスタイル。スケーターブランドとか好きやし、かわいいと思うし、実際買うし。でもそんなの、ポーズでしかなくて。
なので、知りたいやん?何考えてて、何を見てるのか。いろいろ聞いてみた。
先ずは、なんで始めたん?から。
「周りがみんなサーフィンやってて、そうじゃない時はスケボーやってて、カッコいいと思ったから」
御前崎出身。
ははーん。そら山間育ちのワシには無縁なわけで。どっちかいうとスキーやったかもってことか。
誰かに教えてもらったのか?と聞けば、
「見様見真似っす」
実に簡潔に完結。
「スケーターって自由だからとか、好きだからとか、楽しいからとか言うけど、実際のとこ、しんどいんっすよ。この技できるまでって必死に練習して、結構ストイックなんすよねー」
ってスケーター論、スイッチオン。
それは個人的な意見?スケーター全部がそう思ってると思う?
「みんなそう思ってると思うんっすよね」
そういうもんなのね。
なぜそんなものにそんなに一生懸命に?とか思ったけど、何事も一緒って気付いた。千切りは一朝一夕にできやしない。
「街歩いてても、この階段からガードレール越えてなんとかかんとかして、とか考えてますね」
と。
まるで見てる世界が違う。見えてる世界が違う。
きっとそれはワシにとって、この廃材使ってなに創ろう?とか、この器になにを合わせてどう盛るか?とか、みたいなことが、カレにとってはそれになるってことみたい。オモロい。
「やっぱこれ失敗したら痛いやろなーとか思うと、怖いんすよねー。そう思うと失敗するけど、思い切ってやって成功したら、最高なんすよ」
そう!それはわかる。
なにかを極めたいと思ったら、越えるべき恐怖が確実にある。越えるべきは自分自身。
スケボーやってる時が一番幸せ?と聞けば、一瞬の間があった後、
「そうっすね」
そう言えることが既に幸せやと思う。
じゃスケボーできなくなったらどうする?って聞いたら、
「ケガとかってことっすか?」
って聞き返すから、歳とって動けなくなったら、と言うと、割とムっとしながら、
「そんなのスケーターには愚問っすよ」
やて。
な、なんでよ?
「歳とっても出来る範囲で死ぬまでやります」
それってめっちゃ幸せなことやん。そうまで思えるものがあるって幸せ。
そんなことって無駄?意味ない?
意味がなかったらアカンのかって話。
「公園とか行くといろんなスケーターが来てて一緒に滑るんすけど、興味ある人とか、シブい滑りしてる人とかに話しかけるんすよね。そういうのが思いやりだと思うんすよ」
そんなことをサラーッと言う。
じゃ例えば、自分が興味ない相手から話しかけられた場合はどうなん?って聞いたら、
「やっぱ嬉しいっすね」
と照れながらも即答。
自分、ええヤツやなーって思わず言うてしもた。

全く興味の方向は違うけど、方や完全文系、方やバリバリ体育会系、でも相通ずるものはある。同じ文系でも全くといっていい程、話が通じないこともあるにも関わらず。
いろんな生き方があるね。
今更スケボー始めようとは思わないけど、っていうか、へなちょこな姿見られたないし、でもカレ等がスケボーやってる姿は見てみたい、と思ってたら、今度天気いい日、公園一緒に行きましょうよって誘ってくれた。いいヤツ。

完成した頭、似合ってるのかどーなのか、ようわからんけど、カレは似合ってると。ワシとカレとのバランス感覚が違うってこと、かもね。
そのバランスに自分を委ねてみるのもオモロいかも、と思った。
帰ったらrereは笑ったけど、所詮お前にはわかるまい、この気持ち、とほくそ笑んでみたりして。

越えるべき恐怖。
越えてみようと思った。