At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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健気

ふと庭で足下を見たら、

蛇苺?
名前は毒々しいけど、可憐な感じ。パンパンに膨らんでました。
摘もうかと思ったけど、虫達に食べてもらう方が意味あるねと思ってそのまま放置。
なんかクローバーの影でひっそりいる姿は健気。

健気=健やかな気。
気ってなに?
気持ちいい、気を遣う、気を回す、気に入る、気が病む。
目に見えないものなのに、厳然とある、気。

昨日知人から、鬱病と診断されたと電話。笑わないでねって言われたけど、笑えないって。
健気じゃないんやろね、きっと。
健気なものに触れればいいのに。

昨日の『CHANGE』でキムタクが、同じ人なんていないからこそ、違いを認め合う努力が必要って言うてた。
人工的なものに囲まれて、すぐ替えがきくようなものの中で過ごしてると、自分の存在も軽く感じられるのかもしれない。
人工物であろうが、自然物であろうが、人だけでなく、物も、存在するもの全て、同じ物なんてない。あると思ってるのは、錯覚でしかない。
違いを見つけるのは簡単。でも同じであることを証明することはできない。
にも関わらず、同じだと思い続ける根拠って一体・・・?
同じことを前提にすれば、違いを排除しようとする。それってまさに今。
違うことを前提にすれば、理解・共感を生む。これからの時代がそうであって欲しい。

同じに端を発するから、人はどう感じるのか、と考えてしまうんじゃないのか。
違うんやもん、そんなこと考えてわかるもんなのかね?
寒さも、痛さも、かわいさも、感じ方は違って当たり前。
自分が辛いと思うものを、人は平気と言う。
自分がかわいいと思うものを、人はダサいと言う。
そんなことは当たり前にあること。
でもダサいと言われると、凹む。
そんな必要、どこにもないのに。
ダサいと言われようが、かわいいと思うんであるなら、自分を信じて堂々とかわいいと思うと言えばいい。それが個性でしょ。
それが気持ちが健やかってことなんじゃないのかなって思うのです。

蛇苺。
私は私です、って言うてる気がします。