At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

差別でもなく・・・

昨日また友人が遊びに来てくれました。
その友人は昨年末から半年程入院してて、退院後自宅療養、そして元気になったから、と訪ねてきてくれたのです、が。
駅に迎えに行くと、片手には杖、片手にはショッピングカート的な酸素ボンベ、そこから伸びる管は鼻へ。齢31歳。
ちょ、ちょっと、大丈夫なん?
結構な大病で、肺の三分の一が死んでしまってて、だから呼吸が自力だけではちょっとしんどいみたいで、だから酸素ボンベ。
そんな無理しなくても、と思ったけど、仰々しい姿の割に元気でした。といっても自力呼吸では無理なわけやから、元気であっても健康体ではないわけで。
実際半年の入院中は棺桶に片足どころか腰あたりまで突っ込んでしまってたから、よくぞここまでって思います。まぁ結果、肺の一部が死んでても、身体は生きてるわけで、そのことにはなにより本人が感謝してる、そんな穏やかさが滲み出てました。
素麺でも茹でよ、とお昼ご飯。
呼吸すんの、どんくらいしんどいの?とか、電車で移動もやっぱ疲れるの?とか聞いてたのやけど、
「階段の上り下りはしんどいけど、座れたらまぁ平気かな」

座れたら平気ってことは、座れないこともあるわけ?と聞けば、
「うん、しょっちゅう」
一同、えーーー。
杖に鼻から管の姿の人間が立たされてる不思議。
優先席の前に立っても?
「鼻の管をマジマジ見られるけど、席は譲ってもらえない」
血のりでも持っといて口から血流してみれば?とか下らん提案してみたり。
どー思います?
オレが取った席やし。
譲るの、格好悪いし、恥ずかしいし。
そんな思い?
鼻に管の状態なら電車なんか乗らなきゃいいじゃん?家でじっとしてれば?
そう思う?
友人は、最後の、乗らなきゃいいじゃん、と思ってる人が多いと思うと言ってました。実際のところはわからんけど、その姿で乗ってる本人が感じるところがそうなんだから、そうなのかもしれないし、心理がどうであれ、譲ってもらえてない現状があるわけで。
なんだかねー。
どうなんだかねー。
車運転してても入れてもらえないこと多いしね。次元違うけど。だから入れてあげようって思うけどな。
友人は別に譲ってもらえないことに怒ってるわけじゃなくって、淡々と彼にとっての事実を述べてました。譲ってもらえたらうれしいし、楽、やけど、譲ってもらえないならしゃーない、みたいな。
でも深い悲しみ、それは自分が健康体ではないことへの、ではなくって、なんで譲れないのか、という意味での、を持ってる気がしました。きっと共感できたと思います。
帰りは八王子駅まで送りました。
後からメール。
八王子の駅のエスカレーターでカートが安定しなくて横向いて直してたら、間を人が通り抜けようとして見事リュックにひっかかり、4,5段落ちました。(笑)
(笑)が、ねぇ。
思わず、負けるなよって返事しました。

自分さえよければいい、確かにそうも思います。でも本当にそれでいいのか、もう一度、ちょっとだけでも、考え直してみませんか?