At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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ちょっと怪しい話。

お盆で世間はお休みだからか、来客多しで、毎日のようにオーラソーマのコンサルテーションをしています・・・。
あんまり自信ないかも、と思いながら、でも友達相手に練習、と思ってやってたら、だんだん確信が持てるようになってきてて、面白い!と思えるようになってきました。
別にオーラや前世が見えるわけではない、けど、いろいろ感じることがあって、インナーチャイルドの問題、過去世の問題に行き当たったりで、それを伝えると本人の顔色が変わったりで、ホント使えるシステムなんですねー。
その人固有の色もちょっとわかってきたり。
世の中ちょっとしたスピリチュアル流行りやけど、別にそこが重要じゃなくって、今現在抱えてる問題がなにで、その原因がなんなのか、それが重要、で、それを自分の内に見ようとしないことが一番の問題な気がします。なんでもかんでもスピリチュアルな観点で解決する、と思うのは早計なのかも。自分が素直になって、自分らしく自分の人生を生きていければ、前世がなんだから、とか、オーラの色がどーだから、とかわからなくても知らなくてもいいはずなんですよね。
素直にいればそのうちわかるようになる、かも。見えないまでも感じるようになるというか。わかる人はわかればいいし、わからなけりゃわからないでいい、それだけのことな気がします。
スピリチュアルな能力を開発したいと願うよりも先に、自分自身を信じれるかどうか、がなければならないと思うんです。
今更ながら、『進化しすぎた脳』って本を読んでるんですが、すんごい面白い!んで、興味なくても読んで欲しいんですが、その中に、視覚に関する分野で『上丘(じょうきゅう)』という部位についての話が出てきます。『上丘』はどうも古い部位らしく、視覚的情報処理の仕方が原始的であるからこそ、判断が速くて正確なよう。この『上丘』はビジュアルとして見えるわけではなくて、でも見えている。多分感覚としては、なんとなく見えてるような感じ、見えないんだけど感じる、みたいな感じだろうと思うんやけど、この下りで、もしかして、それが第三の目と呼ぶのかも、と思ったんです。
オーラソーマではロイヤルブルーが第六チャクラ、第三の目に位置します。直観ってやつ。それと『上丘』の関係性があるのかどうなのか、わからないけど、でも脳科学的に実際そういう部位があることが面白いなと思ったんですよね。
仮に第三の目=『上丘』だとしたら、誰もがその能力を持っていることになる。それに意識的か無意識かの差でしかない。
そんな矢先、NHKだかNHK教育だかで、『解体新ショー』って番組があるんやけど、今週末の回で第三の目について科学的なアプローチで解体していくって予告がしてたので、録画予約しておきました。
スピリチュアルな世界が特殊な怪しいものではなく、科学的に解明されていって、目に見える世界だけではない、特殊な人だけに備わった能力ではないという風になるのはそう遠い未来ではないのかもしれないなと思ったりします。
チャクラやオーラがインドの古い考え方という捉え方だけではなく、バーバラ・ブレナンの『光の手』みたいなアプローチもあるわけで。
結局この世界をどう捉えているのか、は本人次第。可能性を狭めていることに気付いてないから、こうあるべきだと決めつけるから、理解できない、嫌いだからと否定をするから、問題が生じるんだと思うんです。
一寸先は闇。先がわからないからこそ面白い、と思います。だからこそやってみなきゃわからないわけで。決まりきった未来は未来ではなく、未来の顔した過去でしかない、そんな風に思います。