At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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マッハ

文朱、どこ行ったんやろ?
そんな話じゃなくって、マッハ5の飛行機がどうのこうのって朝のニュースでやってた。時速6,500kmとか言うてた。通常22時間かかるところを4時間半くらいで飛ぶらしい。
時速6,500km。どんなよ?車で170kmも出たら怖くてアクセル緩めるのに、想像を絶する。
てか必要?
ま、死ぬまで乗る機会はないやろうから、というか、高くて乗れないやろうから、関係ないけど。いや、乗れたとしても怖いから遠慮します。
その時、コメンテーターかアナウンサーかの誰かが、また忙しくなる、と言うてて、ホンマやでって思った。
時間を短縮することで、ヒマになったのか?
きっと余暇を作るために早く速く、と求めた結果、忙しくてかなわん、が今ちゃうの?
「ギリギリ」が、「ギリッギリ」にまで伸びた。
かといって、早く速くと、時間短縮をすることが駄目、なんて思ってはないんです。その恩恵は十分に受けてます。
ただ思うのは、その利器を使う時に、速くて当たり前と思うのか、選んだ結果、今回は速さを取った、ってことなのか、では意味が違う、ということ。

時間って誰しも平等に過ぎていく。なんかスピリチュアルな世界では、あっと言う間に過ぎてしまった1時間と、長っと思って過ごした1時間では、過ぎた時間は同じでも、実際あっと言う間に感じた人にはあっという間の、長って思った人には長っていう時間が過ぎている、とかいう説がある、けど、そんなことは知らん。確かに、思い当たる節はあるけど。だから、好きなことしてあっちゅう間で生きてる人は、年齢よりも若く見え、嫌々過ごしてきた人は、老けるのが早い、らしい。でも70歳のオジイが20歳に見えるわけはない。ま、この説がホンマなら、女性の皆さん、好きなことして、あっちゅう間、で過ごした方が老化が遅いのかもね。
でも現実的に、時間が平等であるのなら、24時間は誰にとっても24時間なわけで、それをどう使うのかはその本人にかかってるってことになる。
より多くのことを、と頑張ってみても、無理なもんは無理やったりするのです。
トマトの苗を今日植えたから、明日には収穫~なんて無理。それを明日は無理でも、より早く、とやってきた結果、痩せた味のない野菜ができた。
犬に早く大人になって欲しいという感情論は抱えてる。早く落ち着いて欲しいと思う。でも理性は、待とうと指示をする。実際待つしかできないわけやけど。その過程をイライラしながら待つのか、それ自体を楽しんでしまえるのか、では前者は老け、後者は若々しくいられるってことかもしれない。
感情と理性は別のもの。

ファーストフード、大好きです。富士蕎麦の天婦羅蕎麦、C&Cのカレー、吉野家等々。でもそれらは選択肢の1つでしかない。
一時期、スローフードって言うてたけど、ファーストフードに対してのアンチであるなら、同じこと。原理主義にアンチであることは、結局原理主義に陥らざるを得ない。
なにかが全面的に良くって、その対局にあるものが全面的に悪い。そうした方が楽かもしれんけど、そんなに単純ではない、と思う。
良いからそれのみ、ってのは結局偏見でしかない。
この間誰かが、ポジティブって良しとされるけど、言葉に騙されてるところがあると思う、だってHIVポジティブって感染してるってことやん?と言ってて、笑った。
通常、ポジティブであることはいいやろうけど、人間いつもいつでもポジティブでいれるわけでもない。なんかわからんけど、今ネガティブ、って時もあるもん。そんな時はそんな時。無理にポジティブぶるなんて悪あがきはやめた方がいい。

そういう意味でマッハの世界を体験したいという思いが感情的にあるのはわかる。
でも理性としては、もうちょっとボチボチ、でええんちゃう?と囁く。
そこで、ゆっくりこそ!では感情的過ぎる。

昨日の夕方に出した荷物が、今日の午前中には盛岡に着いてる。すごいと思う。にも関わらずそれが少々遅れた、とクレームになるらしい。それってちょっと不思議。遅れちゃ困るようなものなら、早めに出しゃーええんちゃう?って思うけど。

江戸時代の伊万里。それに価値を見出せるかどうかは、個人の感性の問題、価値観の問題、と言われればそうかもしれない、けど、時間にしか創れないものって絶対に存在する。それはどうあがいても短縮、合理化の末には生まれない。

早く速く、も、ゆっくり時間をかけて、も、正解。どっちかが間違ってるなんてことはない、けど、どちらかだけが正しいわけでもない。
急がば回れ。
昔の人はええこと言うてると思います。