At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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お休みのはずが

って休み過ぎやろって話ですけど。
急遽、Snoozeによさげな物件が登場したので、内見。
10時原宿。
いい。
いいのやけど、鍼灸院じゃない、かな。
20代の1人暮らしには素敵な空間やねんけど。
でも20代には高いかも。
なかなかうまくいきませんな。

午後、予定無し。
友人にランチの誘いをしたら、先約あり、とのことだったので、別の友人に連絡すると、埼玉から出向いてくれるとのこと。
骨董通りの『十二段家』。ここのお味噌汁とお漬け物は美味しいのです。

毒餃子、が見出しの連日のトップニュース。テロ?なんて声も出てきた。
被害者には気の毒やけど、どうにも関係のない話でしかないのよね。ワシって冷めてるのやろか?ただ傍観してるだけ?そういうのってよくないよなー、なんでやろ?と思ってた矢先、この日の夜会った友人から、そう、予定ないと思ってたら、ちゃっかりなにしてんの?電話が来て、友人宅にお邪魔してご飯作って食べたのやけど、彼女曰く、星野監督が、コメント求められて一言、「餃子?作ればいい」と。
得心がいきました。
だって冷凍餃子、買わないもん。
ま、何ヶ月か前、baco先生の試作でラム餃子なるもの食べさせられて辟易したけど、それでも作った方が楽しいし、好みの味にできるし、いいことだらけやと思うけど、でも、そんな時間なんてない!って方も多いんやろうから冷凍物に頼るのも仕方ないことなんかな。
が、自分達が食べる食事を作る時間もままならぬ、そんな生活の有り様を見直す必要はあるのかもしれない、のです。
これ切っ掛けに食料自給率の問題への指摘がされてて、それはいい傾向やなーって思います。上げていかないと。が、言うは易し。誰が作るのか。誰が土いじるのか。気付いた人がやってくしかないのとちゃうやろか。
昨夏、トマト、ピーマン、胡瓜、茄子とか作ってみました。今も野良坊菜というのを作ってます。作るっておこがましいな、植えて成長見守って、大きくなったら頂くわけです。それ頂くとなんだかすごい贅沢な気分になりますね。ま、自分達の食べる分くらいですけど、これって自給率に反映するのやろか?どーでもいいけど。

ま、とにかく、マクロやってるわけでも、オーガニックにこだわってるわけでもなく、据え膳頂くだけですけど、もっぱら調子はいいのです。

畑作るスペースがない、野菜なんて育てる気力もない、食事作る時間がもったいない。
忙しいことが美徳で、忙しいことで得られる安心感や、満足。
ものすごくわかります。
ワシもずっとそう思い、そうしてきたから。
でも今はそうは思わない。
時間にも空間にも余裕が欲しい。
そうすることで、なにより欲しい、心の余裕が手に入る気がするんです。
時空に余裕を持つためにはお金が必要な気がしますが、それは幻かもしれません。
不思議なことに、そのお金も、心の余裕に比例する、そんな気がしてます。
心に余裕を失うから、欠乏感が生じる、そう思うのです。

どうお金を稼ぐか、より、どんな生活をしたいがために、いくらお金が必要か、そう考えることが真っ当なんちゃうかなーと思うんです、最近。