At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

BLOG ブログ

歌い納め

以前、車を買った友人が2度もお酒に飲まれて置いて帰った、という話を書いたけど、明日から下田で過ごすとのこと、本気で取りにやってきました。

お昼食べて、カラオケ。
Misiaとドリカムでシャウト!
その間、カラオケ嫌いなrereは家と教室の大掃除。スゲーっす。頭上がりません。ま、上げる気、ゼロですけど。財布握られて尻に敷かれた方が上手くいきますね。

夜、あきる野1、いや東京でも1,2争うんちゃう?っていうラーメン食いに。旭川ラーメンやねんけど、ホンマに美味しいのです。
そして年末、目白押しなTV。
今夜は、さんまのほんまでっか?みたいなんを鑑賞。真相は?みたいなのを探る番組。途中からやったんやけど、毛のない鶏とか、わりと脅威の映像、なにより、それを食べてますっていうどっかの国のオッサンが更に脅威。大丈夫なん?飼育にかかるコストが安いとか、温暖化に対応とか言うてたけど、どーかなそれは。既に輸入されてたりしてね。
ゴミの分別は無駄、とか、国産の割り箸をガンガン使え、とか、ゴアの不都合な真実は嘘が多い、とか、無茶苦茶。
ダイオキシンはほぼ無毒、とか。
どーいうこと?
さんまが、なにがホンマかわからんから、自分で調べてみる、と言うたら、誰かが、それが科学的態度ですって言うてて、それはホンマやなーと思ったのです。
なにかを鵜呑みにするのは愚かなこと、なんやろな。

お店をやってみたことも、お店を2軒持ったことも、その1軒を閉めたことも、更に全部辞めたことも、田舎に引っ越したことも、結婚したことも、車を持ったことも、犬を飼ったことも、やって初めてわかったことだらけ。楽しい思いも、苦い思いも、喜びも恥ずかしさもいっぱい。
セックスをやったことない人に、如何に気持ちがいいかを伝えたところで、所詮わからんのと一緒。確かにそれを聞けば、気持ちいいんやってことを知ることはできる。でもそれは知ってるだけ。わかってはいない。
知っててもわかってないってことは愚かなことやと思うのです。
大体、セックスが気持ちいいかどうかも知ったこっちゃないしね。相手や、相手への思いや、で変わってしまうもんやと思うし。ってなんの話?

今、世の中は失敗してはいけない、成功することだけを求められている、から知ることに重きがあって、経験してみることは失敗のリスクがあるから、避けられてるんちゃうかなと思うんです。
でも成功者は、非成功者の何倍も失敗してるもんやと思うのです。
失敗をしたくなければ、成功なんてあり得ない。
ということは、失敗も成功も意味は同じということ。
光も闇も、成功も失敗も、温かさも冷たさも、SもMも、結局は同じこと。
どちらかを否定すればするほど、否定しているものが目の前に現れます。
光しか存在しなければ、光の認識はできず、快楽しか存在しなければ、快楽を感じることはなく。温かさを感じたければ、冷たさを味わわないことには成り立たない、のやから。
肯定できるまで、それは続きます。
だってそうでしょ?
嫌なもんが嫌じゃなくなれば、目の前に現れても、既にそれに対してなんとも思ってないのやから。

失敗を嫌がるから失敗せざるを得んわけで、失敗してもええわと思えば、成功する過程に起きる試行錯誤にしか思わない。
考えてみたら、失敗のない人生なんてつまらんと思うねんなー。順風満帆、多いに結構。でもそれって退屈ちゃうんやろか?
上手くいかんことを味わうから、上手くいったらうれしいねんもん。その喜び、取り上げられたくはない。

自分で確かめてみること、が科学的態度。でも科学が扱うのは所詮現象世界のみ。
心を科学するのが、仏教やとスマナサーラが言ってた。そして仏教(初期仏教)は宗教ではないと。
知っていることをわかっていることに変えるには、自分が経験してみるしかない。それが恥ずかしい経験でも、仮に失敗に終わっても、それが成功への1番の近道、やと思う。今成功するには、如何に失敗しないか、が近道という錯覚があるんとちゃうかな。
仮に失敗せずに成功したとしても、その後一気に大きな失敗に見舞われるもんちゃうかな。中内功とか、ホリエモンのように。でもそれも人生。その後その経験を活かしゃいい。

ま、ホンマのこと言えば、成功とか失敗とか、どっちでもいい。
なにをもって成功か、どこまで行けば成功か、そんなことわからんもん。ビル・ゲイツに闘い挑むか?
勝ち組に入れる方法、教えて欲しいもん。ってか勝ち組ってなに?どこからが勝ち組で、どっからが負け組なん?
あるのはただ、自分が自分に克つことだけやと思うねんな。

今年最後の青春ソングでした。