At Sol, one part of the wall is painted in magenta.
This color, discovered by Goethe, is a combination of red and violet,
which respectively are the lowest and highest colors of the visible spectrum.
Red is most heavy with long wavelengths signifying Roughness.
Violet is light with short wavelengths signifying Delicateness.
Hence, in Japan, violet is commonly used to represent the highest rank.
The words, “reason is formed by the height of culture and the height of animality” represent this ideology;
when the extremities of the vulgar and the refined exist, instead of combining both and diving it in half,
it is the intuition of going both directions simultaneously.
This is what is referred to as the Middle Way in Buddhism, meaning when exact opposites exist,
one does not take what is in the center but encloses them both.
Sol’s aim to synthesize the man-made, contemporary and western, with the natural, antique and eastern,
alludes to the meaning of the color magenta, which signifies a mixture of opposite colors.
Thus, magenta is the symbol of the Middle Way.

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責任

5時間たっぷり見てしまった、『たけしの教育白書』。

8/25日付けで書いた、『牛丼と参勤交代』ってのの中で書いたことと似たようなことがいっぱい出てきて、みんなおかしいよねーって言ってた、けど、そのおかしいことは増える一方。なんでやねん?
以下過去のセルフ引用ね。
吉野家であるのにもかかわらず、「~でよろしかったでしょうか?」を連呼され、「なんでやねん?」と心の中で連呼。
やっぱ違和感を覚える。過去形の型を取ることで、実は責任がこちらにうつされてることにイヤらしさを感じるのである。「~よろしいでしょうか?」なら確認で、責任は双方にある。でも「~よろしかったでしょうか?」と言われると、「そうしてくれ」とこちらは頼んだ覚えなどないのに、端からこっちが頼んだかのごとく、というおかしさが発生する。
「こちらに置いてよろしかったでしょーか?」
ってなんの話?って感じじゃない?
それまでどこに置くか、なんて話題にすらなってなかったやん・・・。
それって丁寧な言い回しなん?その勘違いだけで、責任の所在とかそんなことは考えてないって?そーかな・・・?
大体、おかしな日本語として散々取沙汰されたのに、なぜマニュアル接客をしている吉野家でその修正がなされてないのか、に疑問。

ファミレスで、お子様ランチとコーヒーを頼んだ母子に対して、
「注文を繰り返します。お子様ランチとコーヒーでよろしかったでしょうか?」
持ってきたら持ってきたで、
「以上で注文の品はお揃いでしょうか?」
なんでやねん?とのFAXも紹介されてた。
これに違和感を持たない人もいるのか?
それともおかしいと思う人が、おかしいことしてたりするのか?人には平気でやってることを、自分がされたら怒る、みたいな。

責任なんて難しいこと、わからんけど、飛行機乗るなら、イヤやけど、事故に遭う可能性は考えて乗るけどな。
もちろん航空会社は事故起こしたらあかん、けど、人のすることやもん。間違いはあるって。ワシかて欠陥だらけやし。
車乗るにしても、事故起こす可能性もあるし、事故に遭う可能性もある。
そもそも生まれた以上絶対死ぬし。
いつどこで死ぬかなんてわからんもん。事故に遭いたくないって家に引き蘢ってても、地震で家はぺっちゃんこ、ってことも可能性としてあり得る。

こないだある料理本の帯に、『失敗なし!』って書いてあったのやけど、こんなん書くから責任問題が生じるんちゃうのかなって思った。
失敗なしって書いてあんのに、失敗してしまったら、クレーム問題に発展してもしゃーないわな。
失敗せな上手ならんって。
本作った人こそ、いっぱい失敗して、どうすれば失敗せずに上手くできるのか、考えた結果、失敗をほとんどしなくなったってことちゃうの?

いっぱい失敗して、恥ずかしい思いしてこそ成長できるってこと、また、なにかをやる時、自分に不都合なことが起こっても、自分が選んだことやから、人のせいにせず、自分で受け止めなさいって教えることが、大人の責任やと思います。